2018年4月21日 (土)

成長するクレバーなでしこ、アジアカップ優勝おめでとう!

試合の中で考えながら成長するなでしこ、優勝おめでとう。
 
実力は明らかにオーストラリアが上ですが、試合の中で勝つように自分たちを変えていく力を身に着けました。
 
これは沢さんたちがやってきたなでしこのDNAの働きがいま継承されていることを世界に示しました。
 
優勝セレモニーを横目に見ながら、彼女たちに祝福を贈ります。
 
つった両方の脚を引きずりながら、MVPの100万円のボードを引きずりながら苦笑いする岩淵の姿は、おばちゃんです。25歳には見えない老成した姿です。
 
ワールドカップの場ではそういう岩淵ではなく、メッシュのように最後まで輝くフォワードでいてほしい。
 
高倉監督の目指す姿は見えてきました。
 
若手の着実な育成、それが今のなでしこの主題です。
 
清水はかつてのなでしこの輝きをすでにもう体現しています。
市瀬の防衛も世界トップレベルのプレーを見せています。
長谷川はあと一歩で世界クラスです。点を決めるだけ。
堂々の大黒柱は長い間ベンチをあたためて休養たっぷりの横山でした。
 
ベテランの頑張りも立派ですが、失礼ながらすでにかつてのなでしこの選手ではいまの世界では通用しなくなっています。
 
ベテランもあと1年の間に実力を5割増さねば、若手に替えられる可能性があります。
 
かつてアルバイトをしながらなでしこを戦ってきた先輩なでしこのOBたちが各局の解説として懐かしい顔を見せてくれるのはうれしいものです。
 
現役の頑張りによって先輩たちのテレビのお仕事も増えていきます。
 
男子は実業団サラリーマンがJリーグを立ち上げました。
もともとが給料ありきの恵まれた過保護環境から同じ過保護のJリーグですので、なでしこのような瀬戸際の頑張り成長は見られません。
子供育成も同じことです。
 
幼児の頃から金を与え甘やかせて育てて、成人式の日にいきなりハングリー成長せよと言ってもなんのことか子には理解できません。
時給1000円でアルバイトをして自分の御飯代を稼ぎ、あいた時間でなでしこリーグでサッカーを楽しむなでしこたち。
 
日本じゃ食えないとわかるとさっさとアメリカへわたり米国リーグのプロとして飯を食い実力を高めようとする川澄奈穂美さんの姿も逞しい。
 
男子にはその切迫さが欠落しています・・・。
 
どこかで大人が生活を支えてくれるはずという心の甘えが、あのような低いサッカーレベルでも安心を得ているのでしょう。
 
なでしこには支えるものはなにもありません。
 
自らの力だけで世界を取ることしか道はありません。
1か0の勝負の世界です。
 
自力成長以外に飯を食う手段が残されていない中で、試合ごとに成長を見せるなでしこの雑草のたくましさは、輝いて見えて美しい。
 
もっともっと頑張れなでしこ。そして自分の飯と先輩方の飯を稼げ!
 
駄目な大人たちは当てにしないことが大事だ・・・。
 
財務省、新潟県など、駄目な大人がテレビや新聞でその姿の一部を見せてくれている。
 
男子がなぜ世界で通用しないか、財務次官や新潟県知事を見れば一目瞭然です。
 
日本の国は滅びつつあります。
 
その中でもなでしこには財産があります。
強い意思と素直な心です。
 
それだけで世界一を狙えるから彼女たちはすごいです。
壊れつつある国の中で、きらりと輝く日本人たちの姿を見て感動しました。
 
ありがとう。
 
でも、岩淵よ、体を鍛えなければ使えないよ、まだまだ。

2018年3月22日 (木)

生きるために生きる

女優の藤 真利子さん著、「ママを殺した」を読んで考えています・・・
 
「ママを殺した(単行本)」
2017/11/9 藤 真利子 (著) を読みました。
 
amazonには下記の紹介がありました。
 
「最愛のママが、二〇一六年十一月七日、肝硬変、腎機能障害による多臓器不全で亡くなった。
亡くなったと言うよりは、死んでしまった。
死んでしまったと言うより、死なせてしまった。
いや、死なせてしまったと言うよりは………
私が殺した。(「はじめに」より)
 
画面から消えていた11年間。女優 藤真利子の壮絶な記録。」(抜粋終わり)
 
重病化したママの介護に疲れた著者は、ときにはママは死ぬために生きているだけではないかと自問するようになる。
 
昔著者が大学生だったころ、母校の学園のシスターはこう言ったという。
 
中学受験のために小学校を休む、高校受験のために中学校を休む、大学受験のために高校を休む、だったらいずれ死ぬために生きるという人生になるのではないか?
確かそういう感じの主張だった。原本と多少は違うかも知れない。
 
著者のように末期がん患者を家族に持つ人がその介護に臨む場合、どのようにして患者が死を迎えればよいか、という考え方をするのはよくあることだろう。
 
私もそう考えるに違いない。
 
しかし、それではシスターの言う「死ぬために生きる」ということでしかないのではないか。
 
逆説的に言えば、「生徒諸君、生きるために生きよ」と、シスターは教えていたのではあるまいか?
 
それは何を意味するのか・・・、ますます私はわからなくなってきた。
 
今朝、おいしいパンのお店のサイトを見ていたら、私から見れまだ若く見えるシェフが、どう死すべきかと悩んでいた。
 
サイトより一部を抜粋する。
 
「Philosophy シェフの想い
55歳を過ぎた頃からどう死すべきか・・・を考えている
それは時に今日という日が人生最後の日としたらどうなのかということであったり、
目標である85歳までの予定調和であったりする
師故福田元吉氏は65歳を過ぎたある時、あとは自叙伝を書くだけと言っていたが、
寄る年波がそうさせるのか、同じようなことを思う今日この頃
 
最後の晩餐にふさわしいパンは はたして・・・
まだ焼けていない気がする
 
さあ、シニフィアン シニフィエの厨房に立ってまだやることは山ほどある」
(「シニフィアン・シニフィエ」より抜粋終り。)signifiantsignifie
http://www.signifiantsignifie.com/
 
この人も85歳に死ぬだろう時までに、どう生きて過ごそうかと、考えている。
「死ぬために生きようとしている」
 
なぜ「生きるために生きる」ことを人は選べないのだろうか?
 
あるとき、ふとその意味がわかったような気がしたので筆を執っている。
 
西洋哲学であろうが東洋哲学であろうが、人の命は不思議な運命により誕生することでは一致していると思われる。
 
そして必ず細胞の終焉を迎える。
 
おおむね100歳前後で死を迎えることは、確定的なことである。
 
一休さんは、40億年もの長い地球の歴史の中で(と、思ったかどうか知らないが、無限の宇宙の中でと考えたかも知れない。)、たかだか人生50年、ほんのわずかな間を生きているのが私たちだ。地球の歴史の図面に針でつついた程度の穴が私の歴史である。
 
私のうろ覚えの記憶によれば、一休さんはこうそれを詠んだ。
 
「空中 しばし 我あり」
 
宇宙の中の一点という瞬間だけ、私は生きている、という人生観である。
 
そういう「刹那的な生命」を全うするために私たちは生きているのではないだろうか?
死ぬために生きているのでは決してない。
 
重度の介護される患者の人も、その人固有の人生を全うするために「いまを生きている」のであり、運命づけられたその日、その瞬間まで、やはり「生きるために生きる」のである。
 
死ぬために生きるひとなどあるはずがない。
 
シスターが言ったごとく、「死ぬために生きることは、大学受験のために高校を休むことに等しい。」
 
貴重な高校生活3年間を充実して生きてこそ、その人の人生に輝きが生まれるということではないだろうか。
 
介護に疲れて精神が追い込まれてくると、何事も悲観しがちになる。
重度の患者を介護している場合ほど、介護する人は患者の死を考える機会が増えて来るだろう。
 
しかし、そのときに、今一度思い直してみてはどうだろうか。
その人は死ぬために生まれてきたのだろうか?
そして自分もまた同じだろうか?
 
誰もが与えられたほんの短い人生を生きるために、生きているのである・・・。
 
釈迦の言葉「色即是空(しきそくぜーくう)」は人間の体(=色(しき)は即ち空(くう)なるものだ。
生きてるものはいずれ枯れ木となり土に戻ると。
 
しかし釈迦は次の句で、その前言をひっくり返す。
「空即是色(くうそくぜーしき)」
そんな永続性のない、いずれ空っぽになってしまう色(肉体)だからこそ、生きている今を精一杯鮮やかに(色鮮やかに)生きて行こう!
 
釈迦も「生きるために生きよう」と訴えている。
 
例えば『最後の「般若心経」講義』(松原 泰道著)などを読むとそのことが登場してくる。
 
藤 真利子さんは著書の中で、大学時代に教えられた学院のシスターの教えについては紹介はしたけど、彼女自身がそれをどう解釈したか、は書いていなかった。
 
答えのない問いを与えられて、私は暫くそのことを考えてみた次第である。
 
ママが亡くなってしばらく経過した今、藤 真利子さんは「ママは生きるために生きた」ということを、素直に実感しているのではないだろうか。
 
どういう軌跡を人生で辿ろうが、娘がどういう治療方法をママに選択しようが、ママはママらしく、娘とともに生きたのだと、私は思います。
 
自分を振り返って、これから「生きるために生きる」にはどうすればよいか?
 
自分らしく精一杯生きることだけでよいのではないだろうか・・・。
 
さきほどの有名な世田谷のパン屋のシェフは、最後にこう書いていた。
 
『最後の晩餐にふさわしいパンは はたして・・・
まだ焼けていない気がする
さあ、シニフィアン シニフィエの厨房に立ってまだやることは山ほどある』と。
 
彼も実際は「生きるために生きよう」と心に決めていることがわかる。
 
ただ愚痴に似た雰囲気で老いた自分を自嘲気味に「55歳を過ぎた頃からどう死すべきか・・・を考えている」と書いたのだろう。
 
もし死ぬためにパンを焼いて生きるとすれば、それは中学受験のために小学校を休学するに等しい、愚かな行為となるのだから・・・。
 

2018年3月13日 (火)

新幹線亀裂問題に意見

以下は、3/3付の日経春秋記事からの抜粋である。 2018/3/3付
https://www.nikkei.com/article/DGXKZO27666170T00C18A3MM8000/

『「ものづくりニッポン」は本当に大丈夫なのか、改めて心配になる。
JR西日本の新幹線「のぞみ」の台車に破断寸前の亀裂が見つかった問題は、驚くような原因が明らかになった。そもそも製造元の川崎重工業が規定に反して、台車枠を薄く削り込んでいたのである。

▼亀裂を見逃し、運行を続けた鉄道会社もひどいが、台車は最初から強度が足りなかったわけだ。同様の不備がある台車はJR西と東海の計147台に上るから、ただごとではない。
何しろ超特急である。「安全を確認しながら走らせて、順次新しい台車に交換する」という対応に空恐ろしさを感じる人もいるのではないか。』(抜粋終わり)

更に、『責任を現場に押しつけているような印象がある。』

『経営トップの責任のはずだ。』

『工場で働く人たちが「会社に扱われているように製品をつくっている」などとは思いたくない。』
などと問題を指摘していた。

この記者のセンスに私は元鉄鋼技術マンとして同感する・・・。

台車亀裂事故からわずか5日後に小説家の冷泉氏が2カ月もかけて国家が調べた原因に近い推理を確か東洋経済オンラインで公表していた。
 
また事故から10日ほどたったころに、素晴らしい分析をしている作家がいた。
こちらは専門技術者の支援を受けての推理であり、感心できる出来栄えでした。
 
「のぞみの台車亀裂の件について、もうちょっとだけ詳しく調べてみた」
作者:御代出 実葉(みよで みよ)
https://ncode.syosetu.com/n5052el/
 
専門家が今回の事故分析では口を閉じてしまっている。
何かがおかしい。

台車の材料を削った班長がおかしいと言うテレビ謝罪報道は茶番に見える。
ならば、他に削った台車が複数台あって、それらで亀裂が生じていない理由を班長は説明できるのだろうか?
 
現場の班長レベルにこの国家的重要問題を預けて知らん顔をしている鉄鋼業界の重鎮の逃げ腰が見えるようで悲しい。
 
亀裂が生じたら鉄鋼材料の成分を分析し、それがJISの許容規格内にある材料だったのかどうか、延性と剛性は期待値通り存在しているのかを破壊試験で確かめるべきだ。
確かめているが公表できないのでないのか!

とくに資源リサイクル率の向上により、自動車や家電スクラップに含まれる銅(電線)やスズ(半導体の半田の成分)が鉄鋼材料の中に混入して延性や剛性を弱めている可能性は年々高まっているし、それを克服する技術開発も経済産業省や鉄鋼連盟のサイトを見る限り公表されていない。
 
つまり、その日本の鉄の素材の危うさは年々増加していると思うのが自然であろう。

その中で新幹線の台車に亀裂が生じ、しかもわずか2日間で全周に亀裂が走ると言う驚愕すべき現象が生じたのである。

大型トラックのタイヤ固定ボルトが次々と折れてタイヤが高速道路で転がり人間に当たるという事故もボルトの強度は大丈夫なのか、気になる。

国内の鉄鋼材料や鉄道研究の専門家が100人オーダーでこの問題追及に参加したことは容易に想像できる。
彼等からの報告は国民へ開示せずに、現場作業者管理者の班長だけに公開処刑的な演説を強いているのは、見るからにおかしい仕掛けであると思わざるを得ない。

問題ないのなら隠す必要などない。
堂々と成分と延性,剛性試験データを公表すればいい。

隠すのであれば、その理由があるはずだ。
隠したものの責任はまことに重大となる。

いずれ、2000人が即死するという新幹線事故が起きるきっかけを作った罪を国民から問われるだろう。
実際は複数の要因が重なった、想像も絶する亀裂が生じたのではないか?!
本当に班長だけの責任だといって金属の専門家は幕の内側に隠れていてよいのだろうか?
専門家集団の心ある猛省を促したい。

納得のいく新幹線原因考察記事

前の記事に関連が深いので、下記を是非ご覧ください。
台車の亀裂発見から16万㎞走っても大丈夫とする鉄道技術者の考え方が出てきます。
粘りのある鉄を使っているからです。
「のぞみの台車亀裂の件について、もうちょっとだけ詳しく調べてみた」
作者:御代出 実葉
https://ncode.syosetu.com/n5052el/
それに比べて、今回の新幹線亀裂は、いかにも粘りがない。
削って肉が薄くなったからといって、鉄の基本的性質までは変わらないのではないかと思われます。

2018年1月22日 (月)

せごどんと十字架

私は見ていませんが「せごどん」という言葉がNHKの番組のあちこちから聞こえてきます。
 
鹿児島のことを考えていると、ふと以前西郷を訪ねたことを思い出しました。
 
まずはザビエル上陸地の海岸の夥しいナツメヤシの並ぶ小道の光景でした。
坊津でポルトガル船を降りて、和船にて島津家の邸宅の南約2㎞の海岸に上陸したのでした。
 
おそらく島津家の人々も海岸に近づくザビエルを乗せた船を見たことでしょう。
 
私の推理は島津がザビエルを日本政治安定のために読んだというものです。
その視点に立てば、島津邸から身を乗り出して海岸へ到着するポルトガル国旗を翻した和船を見ていたはずです。

西郷さんは鍛冶町で生まれ、いまでも生誕地として銅像(石像かも、記憶あいまい)が立っています。
高さ5m以上もありそうな大きな西郷さんです。
 
何気なく西郷像の周囲を歩いて、西郷さんの背中側に回ってから、その左肩を後ろから見ると、肩の上に十字架が見えました!
 
私は、何気なく「なるほど・・・」と思いました。
明治維新革命はザビエル上陸地薩摩と最初の布教地山口の連合軍によって実現したのですから。
 
西郷さんの背中の肩越しに見た十字架はなんだろうかと近づくと、鍛冶町(南がついていたかも)教会(カトリック)でした。
 
私なりの得心をもって鹿児島を後にした次第です。

そういう意味で、木戸孝允の住居を萩に尋ね、その痕跡を探してみましたが、見当たりませんでした。
木戸は完全に痕跡を抹消して人生を終えているようです。
 
ただ、吉田松陰宅も木戸宅も一本の棕櫚の木が今でも元気に生えておりました。
 
棕櫚、エルサレムではナツメヤシの葉は神を祝うことに使っていたはずです。旧約聖書にそのシーンが登場すると記憶しています。
 
西郷、鹿児島という言葉から、自然にこのような連想が浮かんできました。
年寄りの勝手な想像で失礼しました。

2017年12月22日 (金)

日本にも残っていた、技術者の良心!!!

2017年11月 8日 (水)付け、拙著ブログ「予見可能だった東北の大津波」にて、私は敦賀湾周辺の多数の原発立地の危険性を感じていました。
http://harukateinen.cocolog-nifty.com/blog/2017/11/post-a8f5.html
 
一部を抜粋します。
 
「フロイスの日本史3巻「安土城と本能寺の変」(中央公論新社)より抜粋します。
中略。
 
「若狭の国には海に沿って、やはり長浜と称する別の大きな町があった。そこは多数の人々が出入りし、盛んに商売が行われていた。
 
人々の大いなる恐怖と驚愕のうちにその地が数日間揺れ動いた後、海が荒れ立ち、高い山にも似た大波が、遠くから恐るべき唸りを発しながら猛烈な勢いで押し寄せてその町に襲いかかり、ほとんど痕跡を留めないまでに破壊してしまった。

高潮が引き返す時には、大量の家屋と男女の人々を連れ去り、その地は塩水の泡だらけとなって、いっさいのものが海に呑み込まれてしまった。」(前述のフロイスの日本史より抜粋終り)

この記述を読んだ西洋の原子力科学者は、海岸線の比較的低地に立地する日本の多数の原発に、とりわけ爆発可能性のより高いmox燃料を搭載した原発の核爆発の可能性が高いことを予見できるのではないだろうか。
 
素人のわたしでさえも、「それ」は予見可能なものであると思いました。」(抜粋終わり)
 
 そして今朝の日経ネットで、漸くこの国の技術者たちが、リーマンショック以来の長い沈黙を破って「まともに」仕事をし始めたことを知り、大変安堵し、うれしくも思いました。
 
その記事の一部を抜粋します。
 
「大飯原発1・2号機の廃炉決定 関電、採算合わず」
環境エネ・素材
2017/12/22 9:33 (2017/12/22 12:08更新)
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO24951780S7A221C1MM0000/
 
 関西電力は22日午前の臨時取締役会で、運転開始から40年近く経過した大飯原子力発電所1、2号機(福井県)を廃炉にすると正式に決めた。
再稼働にかかる安全対策費が重く、採算が合わないと判断した。

東京電力福島第1原発事故後、出力が30万~50万キロワット台の小型原発の廃炉が相次いだが、大飯2基の出力はともに約118万キロワットで国内最大の廃炉となる。
 
関西電力大飯原発の1号機(右)と2号機(福井県おおい町)」(抜粋終わり)

Photo

大飯原発(google mapより引用)
 

2017年11月27日 (月)

インフル雑感 インフルエンザウィルスの遺伝子操作??

こんにちは。
 
テレビ特集や科学雑誌の遺伝子制御の情報に接すると、最近はかなりやばい領域に進んでいるような気がします。
 
例えばうつ病の患者にある遺伝子の特異性を分析します。
 
DNAのそれに該当する部位だけを切断分離して、インフルエンザの細胞遺伝子に付け足してうつ病になりやすいインフルエンザウィルスを製造することも可能ではないかと心配になっている昨今です。
 
その時期に下記のニュースに触れて、どきりとした次第です。
ご自愛ください。草々
 
>インフル罹患「窓の施錠を」=異常行動、転落死も-厚労省
>https://www.jiji.com/jc/article?k=2017112700787&g=soc

>今日の21時のNHKニュースでこのことが報じられていました。
>服薬有無にかかわらずおかしな行動をとるようになるそうです。
>
>罹患して24時間目~48時間の間に生じやすいそうです。
>
>友人と飲むのも面倒と思っていたのが、昨日からはその友人と飲みたいと思うようになりましたので、インフルと戦って免疫が勝ったのかもしれません。
>インフルエンザに罹ったら3日間は要注意です。

2017年11月26日 (日)

アジアチャンピョンの浦和 見事な試合でした。おめでとう!

日本の男子サッカーで、メキシコ五輪以来の「男らしい」試合を見ました。
 
80%~90%がサウジアラビア代表からなるアル・ビラルを浦和レッズが力でねじ伏せてくれました。
 
試合を見て一目瞭然ですが、明らかにアル・ビラルの方が2枚くらいサッカー技術は上を行っていました。
 
負けて当然の試合を、どうやって勝つか?
 
それを浦和の監督と選手が日本男子たちに見せつけてくれました。
 
勝とうと思えば勝つのです。
 
自信がなく負けるかもと思いながら戦うから、いつも男子は負けるのです。
 
昨日の浦和レッズは勝とうとしてきちんと勝ち取りました。えらい!
やっとなでしこジャパンの世界に入ってこれましたね。
 
日本代表男子はまだ負けたくないという戦いをして、毎回負けています。
もう浦和レッズで日本代表を構築すべきでしょう。
 
ただ、フォワードのブラジル人ラファエル・シルバに変わる決定打を打てる選手が日本人にはまだいません。
 
浅野は可能性はやや残るが、まだ未熟です。
Jリーグで通用するレベルからまだ脱していません。
 
浦和の長沢はすでに世界で通用する実力を備えていますので、彼をFWに据えて背の高い選手と組ませるのがよいでしょう。
 
ずっと以前に行われた浦和のサウジアラビア国内でのアル・ビラルとのアウェイ試合も見ましたが、これは「負けたくない」という試合運びで引き分けました。
アウェイなので引き分け以上の価値を手にしました。
 
しかし、日本でのホーム試合では最初から勝ちに行きました。
見事な試合を見せていただきました。ありがとう。そして、本当におめでとう。
阿部選手も柏木選手も頑張りました。
 
私が以前からこのブログで紹介してきたサウジアラビア代表の24番のナワフ(NAWAF ALABID)の球さばきと素早い出足はこの日も見事でした。
とても日本人選手は対応できていませんでした。
彼を抑えられたのは、たまたま日本の運が良かっただけです。
また、29番のSALEM ALDAWSARI選手のミサイルもどきのミドルシュートも世界レベルでした。来年もサウジアラビアに勝てるほどの運は日本にはないことでしょう。
 

2017年11月15日 (水)

LIVE 日本対ベルギー 戦 サッカー

13分過ぎ 
長沢…??知らない。けどいい選手だ。目立っています。
初めは互角に見えました。
しかし、13分過ぎにベルギーは日本の実力をすでに見切っているようです。
 
浅野を起用するのがハリルの本気布陣なのだろうが、アザールと浅野では、大人と子供くらいのサッカープロ選手の質の違いがあります。
いま出ているアザールは知らない方で、有名なアザールはベンチだから、まだベルギーは本気度2軍かも・・。
 
幼い浅野に依存せざるを得ない今の日本のFWの貧しさです。
 
31分過ぎ
長沢は初先発だそうで、知らないはずです。
 
wikipediaよりばっすいします。
 
「長沢 駿(ながさわ しゅん、1988年8月25日 - )は、静岡県静岡市出身のプロサッカー選手。Jリーグ・ガンバ大阪所属 ポジションはフォワード。
愛称 シュン
生年月日  1988年8月25日(29歳)
出身地 静岡県静岡市清水区
 
身長 192cm
体重 82kg 」(抜粋終わり)
 
・・・大きな選手だ。動きはきびきびしている。
 
井手口は今日もいい状態だ。
今後欧州で高く売れる選手だ。
 
川島が3点は阻止している。おじさん、なかなか好調である。
 
その間に1点を取れれば日本の流れは作れるのだが。
 
35分過ぎ
前線での長沢のドリブルは日本人離れしている。
大きいからだがするすると前にでる。
ベルギー選手は長沢に驚いているのではないだろうか。
 
二人のアザールを紹介する。
本物はこれ。
 
「エデン・ミハエル・アザール(Eden Michael Hazard、1991年1月7日 - )は、ベルギー・エノー州ラ・ルヴィエール出身のサッカー選手。プレミアリーグ・チェルシーFC所属。ベルギー代表。ポジションはミッドフィルダー[2]。」(wikipedia)
 
いま出場しているのは、次のアザール。
私は知らない選手でした。
 
トラガン・アザール(ボルシアMG)
 
41分 そのアザールがゴール前にフリー!しかし、下手だった。
 
42分 テレ朝のアナウンサーがエデン・アザールの弟だと紹介してくれた。
兄弟なら似て非なるものです。
女子スケートの浅田姉妹、然り。
 
後半残り時間3分で1:0で予想通り日本が負けています。
もう国道20号線へ向かわねば混み始めるので、ここで家を出ます。
秋山村訪問です。

2017年11月13日 (月)

FIFA 強化試合 日本対ブラジル戦 の駄目

日本のジャーナリズムは監督交代を促しているのだろうか?
 
あの試合を録画で見ましたが、ブラジルと互角に戦えていたのは井手口1名のみ。
あとはいつものブルーな、精神的に下がったビビり侍ばかりでした。
 
メンタルがこれほど弱いと、実力は発揮できません。
 
せっかく世界のスカウトが注目して見ている試合、もっともブラジルの選手の値踏みのために見ているのですが、当然日本の優れた選手も目に入ります。
 
井手口一人しかまともな選手はいないことをPRしたはずです。
 
「リオデジャネイロオリンピックの正式メンバーにチーム最年少として選出された。
中略。
 
2017年8月31日の対オーストラリア戦では、82分にダメ押しとなる代表初ゴールを挙げ、日本代表の6大会連続W杯出場に貢献した[12]。
21歳8日でのW杯最終予選ゴールは中田英寿に次ぐ若さでW杯出場決定試合では歴代最年少となった。」(井手口陽介-wikipediaより)
 
今年の8月31日の試合で井手口の素晴らしいゴールを初めてみました。
 
こういう選手を3年間も隠したままでFIFA予選を戦ってきた監督の選手選抜の古めかしさは罪悪でさえあると思われます。
 
まだまだ若くて才能のある選手が放置されたままになっていると思われます。
 
監督は更迭すべきだと思います。
 
ジャーナリズムはその目を持たないのでしょうか?
 
かつての第二次世界大戦における報道姿勢と同様に、完璧に敗戦を喫するまでは真実から目をそらし続ける性質がまだ続いているのでしょうか?
 
まことに情けない試合でした。
ベルギー戦はもっと情けなくなるはずです・・・。
 
ブラジルは明らかにゲーム後半は力を抜きました。
日本が好きだからです。
 
しかし、ベルギーは抜きません。悲惨な結果になることでしょう。
 
ハリルにいくらのお金を払っているのか私は存じませんが、少なくとも支払った総額は国民に明示すべきでしょう。
 
カケイ、モリトモと同様の税金の無駄遣い的雰囲気を感じているところです。
 
返金させるようなペナルティ条項を契約書には入れているのかしら・・・。

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