2017年10月14日 (土)

姥湯温泉 訪問記

雄猿が2匹私が一人でいる山姥の湯に入ってきました。
 
猿のことは下段で紹介します。
 
見た目は人間そっくりですが、体を洗わずにどぶんと入るので、おそらく「猿」だと私は思っています。人間だと思うと腹が立つのでそう思うようにしました。
 
この手の「猿」は東京の通勤電車でも多数みかけますが・・。
 
「姥湯温泉 桝形屋 山形県米沢の秘湯 日本秘湯を守る会 会員の宿」
http://www.ubayuonsen.com/
 
ここに行ってきました。温泉成分分析表もこのサイトにありました。
 
朝5時東名川崎ICに入り、9時に東北自動車道の福島逢坂ICを降り、山形、米沢方面で国道13号線へ。
 
あとは以前書いた滑川温泉へのルートと同じです。
http://harukateinen.cocolog-nifty.com/blog/2017/09/post-8bcc.html
 
滑川温泉からさらに急な坂を上り4㎞で姥湯温泉に到着します。
 
宿は一軒のみなので迷いはありません。
 
10時に姥湯温泉着。(日帰り入浴は露天風呂のみで600円)
12時に帰路滑川温泉の内湯(500円)に入ってから米沢市内のホテルへ宿泊。
前回滑川温泉は露天風呂だけに入って内風呂には入らなかったので気になっていました。
いい湯質でした。
湯治で長期間泊まるならここがいいと思いました。
透明度は50㎝くらいあって、姥湯の薬師の湯に似ています。
成分もほぼ似ていました。
建物や湯屋が古いのに清潔なところも気に入りました。
 
翌朝、米沢藩奥座敷だったらしい米沢市近くの小野川温泉尼の湯(共同湯200円)で朝風呂に入り、12時に東京へ向かい、雨の中を18時に帰宅しました。
 
なお尼湯はコストパフォーマンスでは日本一でしょう。
滑川温泉内風呂の湯に似ているように感じました。
時計がなく、不思議な米沢藩の悠々自適な藩士たちの気分がおじいさんたちの雰囲から感じられました。
よそのものはちゃんと入浴券を棚の見えるところに置いて入り、帰りに券入場に入れて帰りましょう。無賃入浴は逮捕されるようですよ・・・。
 
あいにく、今回は携帯電話を自宅に忘れたまま、出発してしまいました・・・。
つまりカメラも手元になく、せっかくの秘湯の絶景を脳裏に残すことしかできませんでした。
 
今の時期、紅葉のまっさかりでしたが、その写真がここにありました。
http://www.ubayuonsen.com/guide/index.html
 
『体育の日前後の時期が姥湯の紅葉が最高だ』と記憶しておきます。
今度はカメラ持参で撮影することにします。
 
坂道が険しいので運転未熟な人にはお勧めしません。
自動車ではバックしてハンドルを切り返さないと登れない屈曲した坂道が一か所あります。
 
バイクは、倒れそうになるほど急な坂に何度か出会います。要注意です。
 
湯質としては滑川温泉とほぼほぼ同等なので、滑川温泉の露天と内湯(ぜひ浸かるように)で満足できます。
 
「ほぼほぼ」と申すのは、実は青味がかった乳白色の湯の透明度が15㎝程度と濃いのが姥湯の混浴露天です。
山姥の湯(やまんばのゆ)といいます。
 
その小道向かいにある薬師の湯は同じような源泉ですが、透明度は50㎝以上でした。
一方の山姥の湯は透明度が低く、浸かってしまえば体は見えなくなりますので女性も安心ということでしょう。
 
もっとも高齢の御婦人に数名会うだけで若い人はおそらくめったに来ないでしょう。
内湯の方には若いカップルなどいたようですが、絶景を堪能できるのはこの山姥の湯が最高ですので、混浴がだめな方はもったいない。
 
女性だけはバスタオルを巻いたままで湯に浸かっているようですので、それほど抵抗はないのではないかと思います。幸い私が山姥の湯にいるときは同席は山猿たちだけで、よかったです。
 
帰宅してこのサイトを読んでわかったのですが、私が脱衣して長い間一人でゆったり浸かっていた薬師の湯は「女性専用」と書いてありました。
・・・知らなかった・・・。
途中でおじさんが湯温調整にやってきて薬師の湯で会話したのですが、何も言われませんでした。
てっきり男性okの湯と私は思っていました。
 
「おや、山姥の湯には女性が入っているのですね」とおじさんが言いましたが、今考えると私に向かって「あちらがふさがっていたからこちらへ来ていたのですね」という意味が含まれていたことに気づきました。
 
薬師の湯は湯の底まで見えるほど透明度が高いので、おじさんからは私の裸身が全部見える次第です・・・。
 
このサイトより下記を抜粋します。
 
「姥湯温泉 桝形屋の歴史
後奈良天皇時代天文二年(一五三三)大字大沢の遠藤大内蔵が発見して開湯、のちに桝形屋を開業し、現在の当主は一七代目になります。
 
姥湯温泉の由来
鉱山師だった初代が鉱脈を求めて山々を渡り歩いているとたまたまこの地へやって来た。
すると露天風呂に髪の長い女性が湯浴みしているではないか。
こんな山奥で女が湯浴みとはと驚き、おそるおそる近づけば、なんと、赤ん坊を抱いた恐ろしい形相の山姥であった。
思わず逃げ腰になると、山姥はそんな因果な山師などやめて、この湯の湯守にならんかいと云い残し、赤ん坊もろとも山姥の姿はどこかえ消えてしまったという。
それ以来、この湯を姥湯と名づけ、現在に至ると言い伝えられております。
 
雲婆泉記 平洲全集採録
(漢文だけですので省略し、訳文のみを抜粋し、掲載します。)
 
【通釈】
米沢の吾妻山温泉に、著名な湯が三つあり、滑川温泉といい、五色温泉といい、姥湯温泉という。
 
中でも姥湯温泉は最も山が深く静かで、その風景は最もすぐれている。しかし、寒さが非常に厳しくて、ただ六、七月の頃にだけ、寄りつくことができる。五十里も登りつつ進んで行くのだが、言いようもない険しさである。
 
私は、足痛持ちであって、残念なことではあるが、もう長い間、姥湯温泉のことはただ話しに聞くだけであった。
 
お殿様が私のこの体たらくをお聞き及びになって、神保子廉を姥湯温泉に派遣し、その様子を記録するようになされた。子廉は、四日も五日もかけて、山を歩き川を渡って、やっと帰ってきたのであった。その記録にいう 」(抜粋終わり)
 
これを読んで、やはり五色温泉にもいかねばなるまい・・と思いました。
いずれまた。
 
さて、雄猿(おすざる)のことですが、いずれも年齢20歳~30歳。
 
私が一人で入っていると、一匹がどぶん、しばらくして別の群れの猿と思われる若いのがどぶん。
 
人間の若者そっくりの体ですが、体を湯に浸かる前に洗わないので、知能の低い獣であろうと推測した次第です。
 
見た目は人間なんですけど・・・・。
おはようと声をかけても目も合わせないし、返事もしません。
 
人間ならしますよね。
 
洗い方を教えて人間っとぽくなるように指導しようかと思ったのですが、この手の猿は東京の電車内でもスマホをカチカチやって忙しい。大量に生息しています。
 
私の寿命をあと20年とカウントすると、残された貴重な時間をこの手の猿の教育に割くのはいかにももったいない。
 
税金で学校で教えておくべき・・・。
猿育成のために税金を文部省に払っていると思うと腹がたつ。
 
我慢して猿は猿のまま放置して帰りました。
猿と混浴とは実に驚きました。
 
毛のない猿が次々と入って来ることは覚悟しなければなりません。
自然で一杯・・・ということですか。

2017年9月16日 (土)

中野不動尊 詳細

山形の滑川温泉日帰りの行きの途中で発見しました。
東北自動車道福島逢坂ICで国道13号線を米沢市へ向かって走っていると、姥湯温泉への曲がり角のかなり手前にありました。
ついでだから不動尊に参拝してきましょう。
中野不動尊-wikipediaより抜粋します。
 
「中野不動尊(なかのふどうそん)は、福島県福島市飯坂町中野にある曹洞宗の寺。
中野山大正寺と号す。
日本三大不動尊のひとつに数えられる。
 
約820年前に開かれたといわれる。
1179年(治承3年)春、恵明道人が1匹のカモシカに導かれ当地に入山し、
未踏の地であった中野の山中に洞窟が人々により長きに渡り掘られ、各施設が建立され寺院として整備されていった。
境内には厄除・眼守・三ヶ月の三不動明王が祀られており、日本における六三除けの祈祷発祥の地といわれている。」(抜粋終わり)
 

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中野不動尊4
滝の上には太い締め縄があります。
滝の左下に立っているのは弘法大師ではないだろうか?
 

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中野不動尊5
これが不動尊かなと思って小僧さんに聞くと、本殿奥の鏡の裏側に不動尊はおられるので、参拝客には見えないとのこと。
これは不動明王像には違いないだろう。
高幡不動でよくご尊顔を拝んでいます。
 

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中野不動尊6
ここにご本尊がいるそうだ。
 

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中野不動尊7
賽銭箱、鈴のそばに蝋燭立てがあり、その奥に岩を彫った祠(ほこら)がある。
奥に鏡が見える・・・「ん??」アマテラス?
弘法大使の教えに神が登場してもおかしくはない。
まず仏教は日本列島に浸透する際に、日本の古代神道と修験道の中で習合したように思われる。
だから仏と神は仲が良い。
中近東の一神教同士の殺し合いに比べれば、東洋の宗教はほのぼのとしている。
 
また、どうやら釈迦も宇宙創造の神に近いものを考えていたようです。
大日如来とそれを名づけて仏教の中で最高位置を与えています。
 
大日如来を現代風に訳すと、「大きな太陽(日)が来るが如し!」となる。
それは天照大神そのものに見えます。
こんなことを考えながら、鏡の奥に隠れておられるというご本尊様、たぶん中野不動尊に家族と親戚一同の無病息災を祈りました。
 

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中野不動尊8
本堂の左手にはこのような石のトンネルがありました。
中は彫りやすいらしい花崗岩のトンネルでした。入り口だけ小石を積み重ねたトンネル姿でした。
 
暗そうだし、中からうなり声のようなものが聞こえるし、なんだか怖いので入るのをためらっておりました。
 
さきほどおばあさんが一人ですたこらと中へ入って行きました。
 
小僧さんが私の姿に気づいて、教えてくれた。
 
「中には童子像が沢山彫ってあります。
洞内はアナウンスにて童子を紹介していますし、中は照明で明るいのでご心配なくお入りください。」
 
もし中で捕らわれの身になってもいいやと覚悟を決めて、大滝の裏側を彫って周回できる長いトンネルに入って行きました。
 

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中野不動尊9
童子がありました。銅製です。祠が岩を彫って作ってある。
 

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中野不動尊10
いろいろありますが、きりがないので、これくらいにします。30体以上あったかもしれません。
 

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中野不動尊11
やっと滝の反対側から出口へ出られました。「ふ~!」
出てきて気づいたのですが、弘法大師の信仰であれば、般若心経(はんにゃしんぎょう)をトンネルの中で唱えながら歩けばよかったと気づきました。
四国お遍路もそうです。
 
「色即是空 空即是色(しきそくぜくう くうそくぜしき)」の「あれ」です。
 
色鮮やかなお嬢さん!そのうち色もあせて白髪となり、骨と皮になり、死んだあとは骨しか残りませんよ。空っぽになります。
色(しき)はすなわち、これ空(くう)なり。
 
そんな空っぽなむなしい人間の体ですから、今色鮮やかに輝いている若いその時期に、思い切り恋愛をし、仕事に熱中し、仲間と生活を楽しみなさい。
いま楽しんでおかないと、いずれは空っぽになるんですからね!
「くうそくぜ~しき」はそういう意味です。
「がんばれ!」って元気づけてくれる句です。
これが最も短い釈迦のお経「般若心経」の中で一番私が好きな一節です。
 
「しきそくぜ~くう くうそくぜ~しき!」(合掌)
 
田んぼのそばに曼殊沙華の赤い花が咲き始めました。
母の命日にが近い印です。
 
遠く武蔵野の関東から九州の空っぽの母の骨に向って、「しきそくぜ~くう くうそくぜ~しき!」

F1000061

朝の通勤途上で見た近所の曼殊沙華

2017年9月11日 (月)

山形の秘湯・・・日帰り

とてもいい湯質でした。さすがは山形です。

燃料と高速道路代を含むので、入浴料は500円と格安でしたが、総コストは高い日帰り湯でした。
 
目的はVTR-F250との最後のツーリングを、できるだけ長く楽しむためでした。
片道300㎞を往復してきました。
 
午前2時40分、川崎市の自宅発、
東名高速⇒首都高速中央環状線⇒東北自動車道、福島逢坂ICで下車、国道13号線を米沢市方面へしばらく走ってから、「姥湯温泉左へ」の看板を見て県道54号線へ左折し、道なりに、案内なりに進む。
 
姥湯(うばゆ)温泉と並んで滑川(なめがわ)温泉の案内看板が立っているので迷うことはないでしょう。姥湯の手前に滑川がありますので、姥湯の標識に従えば滑川に着きます。
 
午前9時40分米沢の山奥の旅館に着。
日帰り入浴できますが、時間帯と湯船に制約がありますので、サイトで確認していくといいでしょう。電話問い合わせすれば間違いない。
 
「米沢 秘湯の宿 福島屋
滑川温泉 福島屋
電話でのご予約・お問い合わせはTEL.0238-34-2250
http://www.namegawa-fukushimaya.com/
 
ご予約はこちら
 
皆様に支えられ、200余年、14代にわたり湯守をしております。
設備の整わない古い宿ではありますが、宿周りの景観と湯質の良さで、長年いらしてくださる方も、多くいらっしゃいます。
ご来館をお待ち申し上げます。
 
平成29年の営業を4月27日より開始しました。
ここまで来た甲斐があった、と思える温泉。」(旅館のHPより抜粋)
 

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川沿いの露天風呂、硫黄を含むから川の鉄分がさびて赤い色をしているのかと納得しました。内風呂も日帰りで入れますが、地元の人は多くが内風呂に入っていましたので、そちらが湯治にはよろしいようです。私は風景が大事だから温めの露天だけに浸かりました。

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湯船の隣に赤い岩と緑の苔

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東京~福島逢坂IC

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福島市街と滑川温泉(左端の赤い印) 
国道13号線を西へ向かう途中、福島~山形県境を越えて、米沢市手前で姥湯温泉方面の看板で山に入り、8㎞登る。自動車もいけますが、離合は気を使います。運転初心者はやめた方がいいでしょう。

「落石注意」と右の崖、左は「崩落注意」と崖崩れ進行中の場所も、いくつかありました。

7時間走って、30分間入浴、6時間走って帰宅。行きは安達太良山のふもとのPAで仮眠1時間含む。

「ここまで来た甲斐があった、と思える温泉」は実感です。
 
温泉は、「これだけあれば幸せ」と感じさせてくれます。
硫黄の香りもほどよく乳白色の湯質は最高でした。
 
「泉質
含硫黄-ナトリウム・カルシウム-炭酸水素塩・硫酸塩泉(低張性中性温泉)
 
温泉街
標高850mの山中に一軒宿の「福島屋」が存在。近隣には日本の滝百選にも選ばれている滑川の大滝がある。
 
歴史
発見は1742年。(米沢藩の)郷士斎藤盛房が、川中で足を滑らせ転倒した際に高温の石に触れ、温泉を発見した。温泉名もこれに因み、川で滑ったことから滑川となった。
 
一軒宿は1763年に、米沢藩の許可を得て開業。湯治場として賑わった。その名残で余裕が有る場合は一人でも宿泊を受け付けてもらえる。また現在も自炊部が存在しており長期の湯治に便利。」(滑川温泉-wikipediaより)
 
米沢藩か・・・。
 
山道を8㎞も越えて走りながら、江戸末期の米沢藩の内情に思いを馳せました。
家康の命令により会津100万石から米沢30万石に配置換えされた上杉家の侍たちの山越えの旅を想起しました。
 
同じ頃、ヒロシマの毛利藩も領地を半減以上されて、瀬戸内海防府あたりから山を越えて萩へと城を移していました。
 
この仕返しはいつかやってやると心に念じながらの山越えでした。
 
毛利藩はそれから300年後に明治維新により徳川幕府を壊滅させました。
 
その頃、ここ米沢で上杉家家臣団はどうしていたのか、今後考えてみたいテーマが生まれました。
 
臍(ほぞ)を噛む気持ちは毛利も上杉も同じだったはず。
 
しかし上杉は忠臣蔵事件で肝を徳川方に抜かれはしなかっただろうか・・・。
吉良の長男が当時の上杉藩主だった・・・。
赤穂浪士の半数は千代田区内)江戸城下大番組居住区)に仮居住を黙認したとか、赤穂事件は幕府演出の臭いがします。
 
以下に途中の景色などを掲載します。

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安達太良山(安積PAだっかしら)

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左から二つ目の山が安達太良山。活火山なんですってね。滑川、姥湯のよい湯質と安達太良山の火山鉱脈とは地下でつながっているのではないかと感じました。別府の湯と鶴見山との関係のように。

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PAのベンチで早朝仮眠しながらあおむけ撮影。

この空が欲しいと智恵子は言った・・・。

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01こんな山道を8㎞も登ります。

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02 すれ違いやっとの山道、交通安全意識をもっていないとぶつかります。

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03 愛車HONDA VTR-F250(250cc)と滑川温泉福島屋旅館全貌

排ガス規制強化でたしか今年で生産終了。現在在庫のみ販売中。

いずれ幻の名車になるでしょう。

3年間乗車し、追い越し時瞬間では152㎞/hを確認。走行距離34,000㎞。

レンタルバイクで体験した限りでは、並みの250ccクラスであれば、120㎞/h、せいぜい130㎞/hが最高速度だろうと思われます。

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04  右手の川沿いに湯船の群れ、赤さびの川

05 川沿いの小さな露天風呂(前掲)

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06 ちゃんとバイク駐輪場が敷地入口にあるのはありがたい。

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07 旅館の壁

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07 コインロッカーはないので自己管理を。

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08 米沢藩公認温泉以来、200年の歴史

参考)なぜ赤穂浪士の討ち入りで吉良上野介の実子で米沢藩上杉家の養子藩主となった上杉綱憲は、父親救出の為の援軍を差し向けなかったのですか?

吉良邸には実父だけでなく、吉良家に養子入りした綱憲の実子、吉良義周までいたのに。
家老に止められたからですか、外様大名の米沢藩が江戸市中で兵を動かして、私闘に及べば改易の口実を幕府に与えるようなものです。

それとも、綱憲自身が「父や息子可愛さで兵を動かして、改易されるような事があってはならぬ」と援軍を主張する家老の意見を退けたからですか。
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q13106198863

minamimachi5さん
2013/4/2510:00:54
補足

幕府的には外様の上杉は改易したいので私闘・援軍大歓迎でしょう。
まして上杉は関ヶ原で西軍側だった訳ですし。
上杉ひいきだった幕府の実力者、保科正之(時の将軍綱吉の叔父、三代将軍家光の異母弟)も亡くなっていますし。

「ベストアンサーに選ばれた回答」は上記サイトでご覧ください。

 

2017年8月23日 (水)

百合丘の百合は・・・、白かった。

百合丘という小田急線の駅を降りて、改札を出て左折し、右側の歩道に沿って右手の坂を上っていくと百合丘小学校の正門に至ります。
 
正門の左右にある茂みに咲いている百合は黄色いユリで黒い斑点があります。
おそらく小学生が植えたものでしょうが、それが古代からここに咲いていた百合であろうと思っていました。
 
それとは別のルート、駅の東側の坂を上るルートで百合丘のほぼ丘上という地点で白百合を見つけました。

Photo

写真1 ゴミ箱の傍の木株にうなだれて咲く白百合

Photo_2

写真2 自生しているように見える白百合

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写真2の拡大

写真2を見ると自生しているかのように見えますが、周囲にはこの2つしか見当たりません。
 
果たしてこの丘の白百合の絶滅前なのか、あるいは誰かが2株だけ丘上に植えたのか、そこはわかりません。
 
王禅寺がこの地に建立された経緯を学ぶと、観音、マリア、マリアの色は白、白百合という連想が私には浮かんできたのでした。
 
それは真言宗には、中国から空海が持ち帰ってきた中国語で書いた新約聖書のお経が含まれており、現在でも高野山にはキリスト教徒を含む世界宗教団体が参詣しているという事実からも無理なくなっとくしておりました。
 
高野山を訪ねた時、「洗礼受付」という看板を見ましたが、私は自然にそれを受け止めました。世界から各種教団が参詣に来る寺なのですから。
 
高野山が「東の高野山」を意図して開いた王禅寺が、白いマリアを意識させる白百合の丘のふもとに開設されたとすれば、それは美しい景色だろうと想像していました。
 
しかし、百合丘小学校の百合は白いのですが黄色が混じっていて斑点がありましたので、ちょっとがっかりしていたのでした。
 
数日前に写真の白百合を百合丘のほぼ頂上で発見して、奈良時代の人々の信仰の姿を見出した思いがしました。
 
王禅寺-wikipediaより一部を以下に抜粋します。
 
「王禅寺(おうぜんじ)は、川崎市麻生区にある真言宗豊山派の寺院。
星宿山蓮華蔵院王禅寺と号する。
この寺院付近一帯の地名にもなっている。
「東の高野山」とも呼ばれた。 寺紋は三つ葉葵。
 
日本最古の甘柿の品種と言われている禅寺丸が発見された寺として有名[1]。
境内には原木が残っている。
 
沿革
創建の正確な年代は不明である。
慶安3年(1650年)成立の縁起(『聖観世音菩薩略縁起』)によれば、天平宝字元年(757)、
観音菩薩が孝謙天皇の夢枕に現れ「武蔵国の光ヶ谷戸という所に居る」と言われ、探索を命じられた結果、発見されたという。
 
孝謙天皇の勅命で武蔵国都筑郡二本松で発見(光ヶ谷など異説あり)された一寸八分の聖観音(しょうかんのん)である金の像を祀り堂宇を創建したという。
 
寺伝によれば延喜17年(917年)高野山の三世無空上人が、醍醐天皇から「王禅寺」の寺号(王の命じた仏教を修行するに適した場所としての寺という意味)を賜り、
同地に改めて創建され関東の高野山と呼せられ、東国鎮護の勅願寺となる。
延喜21年(921年)高野山の熊空上人により真言宗の寺となるという。」(抜粋終わり)
 
「星宿る山」もロマンチックです。小山の頂上にある周辺は武蔵野の原野ですので、360度星空が見えたことでしょう。
 
誕生日に娘たちからプレゼントされた星座マシンで我が家の居間も星宿る部屋ですが、人工です。
 
「蓮華蔵院」に深い意味が隠されているように私には思われます。
蓮華はwater lilyともいわれ、lilyは百合です。
 
百合は白、白はマリアの象徴色です。
 
この寺のどこかにマリア観音像があるのではないか、などと想像させてくれる名前です。
 
百合丘の丘上に白百合が自生していました。
 
この花は、天平宝字元年(757)の頃から生き抜いてきた白百合ではないか、と私には思われました。
 
ユダヤ教やキリスト教では、神は「光」を好むとされています。
祇園の神輿を光を反射する金銀の短冊で飾る風習も同根の思想ではないかと思われます。
 
「武蔵国の光ヶ谷戸」(むさしのくにのひかりがやと」は神が棲まうのにふさわしい地名であったことでしょう。
 
「口語訳聖書 - 創世記 - 日本語の聖書」より創世記の冒頭文を抜粋します。
http://bible.salterrae.net/kougo/html/genesis.htmlより
 
「創世記 第1章
1:1はじめに神は天と地とを創造された。
1:2地は形なく、むなしく、やみが淵のおもてにあり、神の霊が水のおもてをおおっていた。
1:3神は「光あれ」と言われた。すると光があった。
1:4神はその光を見て、良しとされた。神はその光とやみとを分けられた。
1:5神は光を昼と名づけ、やみを夜と名づけられた。夕となり、また朝となった。
第一日である。」(抜粋終わり)

2017年8月14日 (月)

禁忌への挑戦(キンキキッド)

箱根でコストパフォーマンス日本一の湯(cp日本一)を発見したものの、
私には禁忌(きんき)に該当するのではないか、と思うほど入浴後の体調が悪かった。
 
しかし、このままあきらめるのではもったいない。
 
禁忌(きんき)という意味は、こうだった。
 
「1回の温泉入浴または飲用でも体に悪い影響をきたす可能性がある病気のことを指します。
禁忌症でも、専門的知識のある医師の指導のもとで温泉療養を行えます。」
(「知っておきたい!適応症と禁忌症とは?」より抜粋。)
http://www.asahi.com/ad/furozuki/furo/20160531_01.html
3/14/2017
 
つまり、
①体に悪いよ。
②病気治療にいいよ。
と、異なる二つの意見が書いてある。
 
あの最初に入浴した日は晴天で暑かった。
その1週間は体力も劣っていた。
そういうときに入浴して湯当たりを起こし、熱中症の症状も出たのではなかっただろうか。
 
もう一度この湯に入ったら、
①お陀仏になるか、
②健康を回復する、
どちらかである。
 
ロシアンルーレット・・・。
「ロシアンルーレット (русская рулета) は、リボルバー式拳銃に一発だけ実包(弾薬)を装填し、
適当にシリンダーを回転させてから自分の頭(特にこめかみ)に向け引き金を引くゲーム。
弾丸が入っていると予想した場合、天井に向けて引き金を引くことも可能とされるが、不発の場合無条件で負けとなる。
 
なお、リボルバーは設計上、シリンダーのどの穴に弾が入っているか視認できる。
よって残りの穴にダミーカートリッジを装填する、目隠しをするなどの対策をとるか、
或いは何らかの理由で判断力を失っているか強制されている場合でもなければ、
ルールにより負けにはなっても死を避けることは難しくないと考えられる。」(wikipediaより)
そして、私は禁忌への挑戦を行った。
 
今日で入浴後4日目を迎えたが、ますます元気である。
肌の艶もよい。
あらゆる健康指標が改善してきている。
 
ルーレットは②だった!
数回継続して禁忌を回避できるとすれば、箱根の湯は私の毎週の湯治場となるだろう。
もしそのおかげで長生きできたとしたら、神奈川県に住んで良かった・・・、と思うに違いない。
具体的には下記の改善を行い再挑戦した次第です。
私には効果的でもほかの人にはそうでない場合もありますので、あくまで参考までに記載します。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
参考:私の禁忌への挑戦メニュー
 
箱根でコストパフォーマンス日本一の湯を発見したものの、禁忌に該当するのではないかと思うほど体調が悪かった。
 
しかし、このままあきらめるのではもったいない。
 
対策を講じた。
 
入浴前にペットボトルの水を半分飲む。
 
腰湯 5分
①肩まで浸かる40を数える。
②腰湯 5分
③足湯 5分
 
①~③を合計3サイクル回す。
 
洗髪だけして体はさっと拭く程度。
 
湯上りに脱衣場でペットボトルの水の残りを全部飲む。
 
ちなみに前回脱衣室の洗面器の蛇口の水をがぶ飲みしたことを後悔していたが、確認すると普通の水道水だそうだ。
 
前回は、熱中症にかかりかけていて入浴したために、体調悪化を生じたのかもしれない。

2017年8月10日 (木)

寿楽荘の湯の思い出(山口県光市)

一度このブログに書いたことがあるが、今はない幻の名湯「寿楽荘」について想い出を述べたい。
 
湯質は単純アルカリ性のよくある湯だったと思う。
現在でも付近にいくつか温泉旅館が営業している。
 
寿楽荘は大々的に改造してバーデンハウス光という名の温泉スパに生まれ変わっている。
これはこれで桜の花の下の露天風呂などは誠にいいものである。
 
忘れられないのは寿楽荘の窓辺の樹木に山鳥がやってきて、窓から漏れ出る湯気の揺らぎの中でさえずるシーンである。
 
温泉と野生の鳥のコラボレーション・・・。
 
上の娘が小学校2年くらい、8歳くらいだろうか、その妹が4歳の、二人を連れて浸かりに来たことがある。
入浴料は大人で350円だった。
 
まだ幼いので二人とも私と一緒に男湯に入った。
 
髪を洗い、体を洗ったら、最後に湯に肩まで浸かって30を数える。
自宅の風呂でやっていた習慣である。
 
あとから済まないことを命じたと後悔しているが、温泉の内湯は熱い。
自宅の湯より相当に熱い。
 
なのに、同じ30を肩まで浸かって数えさせたのである。
 
幼児は熱い湯には耐性がないのではなかったか。
 
今ならそこに配慮が行くが、当時は機械的に「湯から上がる前に30を数えなさい」といささか強権的な父親命令をしていたものだ。
 
命令には抵抗しがたく、二人ともおりこうさんに肩まで浸かって、頬をリンゴのように真っ赤にしながらきちんと30を数えた。
 
「さ~んじゅ!」ざぶーっと湯から立ち上がったら全身から湯気が立ち上っていた。
 
倒れることもなく元気に脱衣場へ走って行ってくれただけで大変な親孝行である。
 
寿楽荘には、野鳥だけでなく、娘たちとの思い出もあったのである。
 
私のコストパフォーマンス日本一の温泉探しの旅は終わることはないだろう。
幻の寿楽荘は、ひょっとしたら山形にあるのではないだろうか?
温泉宿の商売敵(かたき)であるはずの群馬の温泉旅館の御主人が、そっと私に教えてくれた。
 
「温泉好きは山形に行くがいい。あそこにはいい湯が沢山ある。」
 
群馬に名湯が沢山あるのはお互い承知の上での、牧ストーブの前での談話だった。
夏の厳しさが緩んだ頃に、山形を一度走ってみたいと思う。

2017年8月 5日 (土)

温泉と禁忌(きんき)

「知っておきたい!適応症と禁忌症とは?」より抜粋します。

http://www.asahi.com/ad/furozuki/furo/20160531_01.html

3/14/2017

「禁忌症について
1回の温泉入浴または飲用でも体に悪い影響をきたす可能性がある病気のことを指します。
禁忌症でも、専門的知識のある医師の指導のもとで温泉療養を行えます。
 
禁忌症には温泉の一般的禁忌症、泉質別禁忌症、含有成分別禁忌症があります。
 
温泉の一般的禁忌症は、病気の活動期や活動性の結核を始めとする、身体衰弱が著しい場合、慢性の病気がある場合などが挙げられます。
 
泉質別禁忌症においては2つの泉質が要注意。酸性泉と硫黄泉で、皮膚または結膜の過敏な方、高齢者の皮膚乾燥症の方の浴用は避けた方がいいでしょう。
 
最後に含有成分別禁忌症について。温泉に含有している成分別に飲用を避けた方がいい場合もあります。ナトリウムイオン、カリウムイオン、マグネシウムイオン、よう化物イオンを含む温泉を一日に多量摂取するとよくないとされるので、飲用は気を付けましょう。」(抜粋終わり)
 
これを読んで、私が最近行った日帰り温泉で行った行為に、ひょっとしたら最後に書いてある飲用を行った可能性があることに気づきました。
 
温泉を呑んだというつもりはありません。
 
バイクで暑い中を走って着いて、自販機がなかったので、着替え室の水道の水をごくりごくりとコップ一杯分飲んだのでした。
 
含有成分別禁忌症の中に持病があったのだろうと思いました。
 
すると、飲まねば皮膚過敏程度の作用しか悪いものはないのだと言えるようです。
 
恐いけど、もう一度飲用をしないで先の温泉に浸かって来る必要があります。
何も起きなければ、毎週湯治に通えるいい湯にはなるのですが・・・。さて。

チェルノブイリに学びましょう

最近この記事に出会いました。

このブログを読んでおられる読者の皆さんは、何度もそれに類する警告記事をここでご覧になっていたはずです。

最近は言いつかれて何も書かなくなっていますが・・。

 

「ショック報告!!福島原発事故の5年後からはじまる日本人の悲劇」

http://shinhakken-blog.seesaa.net/article/430044617.html

 

この記事も同じようにチェルノブイリで事故の5年後に生じ始める急激な病気増加のことを書いていたのです。

 

論評は避けます。皆さんの見識でご判断ください。

2017年8月 1日 (火)

日本一のCP、本格温泉に箱根で入った(650円也)

追記します。
下記の湯には禁忌がありますのでご注意ください。
どこの湯だと書いていませんのでまだ行ってはいないと思いますが、追記します。
 
入浴したのが8月1日ですが、3日、4日と計3回具合が悪くなりました。
偶然なのか、入浴の悪影響なのか、わかりません。
どうやら私には合わないようです・・・。
湯治どころか東寺にいくことになりそうです。
 
もしこのような湯に出会ったら、よく禁忌を確認してから入るかどうかをお決めください。
 
禁忌とは悪化させる可能性のあるものを指します。
 
参考例)
「急性疾患(特に熱のある場合)、活動性の結核、悪性腫瘍、重い心臓病、呼吸不全、
腎不全、出血性疾患、高度の貧血、その他一般に病勢進行中の疾患、
妊娠中(特に初期と末期)、皮膚・粘膜の過敏な人、殊に光線過敏症の人 」などなど。
-------------------------------------------
私は老人ではな~い!
 
そう思っている老人の方は入れないいい湯です。
 
私はこれまでコストパフォーマンス(つまり湯質÷入浴料金)最大の温泉を探して参りました。
 
山梨で日本一の湯だとこのサイトで報告したこともあります。
30年ほど前、幼稚園児童くらいの娘たちを男湯に連れ込んだ山口県の光市の寿楽荘は透明なアルカリ温泉で、山梨のそれに似ていました。今はバーデンハウス光として生まれ変わって今の時代風なスパになり替わっていました。
 
私は350円で入浴し、内湯の窓からモズや山鳩の鳴く姿を見るのが一番の楽しみでした。
今はそれは不可能になりました。
 
そこでバイクを買って、関東一円を走り回って寿楽荘を越えるコストパフォーマンスの湯を探しているのです。
 
群馬草津でもこれこそコストパフォーマンス日本一(CPと略称します。)だと書いたこともありました。
 
他に知らないから仕方なく日本一に評価を下したというのが正直なところです。
 
本日は自宅に最も最寄りの名湯である、箱根に向かいました・・・。
帰りに午後集中豪雨に会い、高速道路で対向車線のダンプが跳ねた重い水滴を全身にドカンドカンとまるで石ころを投げつけられたような衝撃を受けながら走りました。
時速100㎞で大きな水滴を胸で受けるとすごい衝撃になります。
 
帰宅してニュースを見ると蛯名で1時間に120㎜の大雨だったそうです。
100㎞/Hを越えるとこういう場合ウオータープレーニング現象が起きると体験済みですので、90㎞/Hに落して走りました。
 
ウオーターは水のこと、プレーニングとは「滑空」とか「滑る」という意味で、平たい石を川面に上手に放り投げると重いはずの石がまるで飛行機のように水面上をトントンと跳ねていくのがプレーニングです。
 
ヨットでも一般の速度を越えて強風時に走ると「プレーニング」を始めます。船がグイッと舳先を水面の上近くへ挙げて、お尻を左右に振りながら舵にはブーンという共振音を発しながら制御できないくらい早く水面を滑空します。(これは470級というオリンピック艇の体験談です。)
 
これを上手にできる人が日本一になり、オリンピックに行けます。私は実業団では日本一になりましたが、全日本では25位だったのでモントリオールオリンピックには行けませんでした。
 
つまり滑って転んではいけないのでバイクの速度を落としたという次第です。
話がプレーニングしてしまいました。
 
テーマは日本一のCPらしい本格温泉に今日は箱根で入った、ということです。
場所は言わないつもりですが、いつかやはりそこが日本一だと確信したらこの場で申し上げます。
 
親しい友人の老人4名にはこっそり教えますが、まだ老人ではない!などと見えを張っているやつは入れないことでしょう。ふふふ。
 
大涌谷温泉からの引湯なので薄い茶色がわずかに見える白濁湯です。
加水もなく、加温もせず。
しかもかけ流しです。
650円で気楽に入れるとは、稀有な天然温泉と言っていい。
大涌谷源泉「山田家」や五採館などの白濁湯は泥のような重い湯質のものが底に沈んでいて、いかにも大涌谷の白濁湯だと感じますが、ここのはそれに地下水が半分ほど入ったような、ほどよい白濁湯でした。それでも立派な大涌谷の湯だと思います。
 
日帰り入浴湯というよりも、「外来入浴可の共同浴場」という方が、建物や看板の風景に似合っている。
 
内湯は10人が入れるくらいで。露天風呂はない。
寿楽荘も同じだったから、私にとっては問題ではない。
 
小学生は大人の半分、それ未満はただだ。
子供に優しい。
 
問題は湯質です。
シャワーのある洗い場は男湯に3つ、女湯には5つある。シャワーのないカランだけの洗い場はもう少し多かったようだ。私にはシャワーはなくてもあってもどうでもよい。
石鹸だけはあるが、やはり自分用を持参すべし。本格日帰り入浴を目指すならば必要な心得だ。湯質意外に気を取られていること自体が、もう日帰りプロ失格である。
 
朝9時から入れるのはありがたい。
私は国道246号が空いている早朝5時~6時に走るので箱根には9時前に着くことが多い。
午後3時には一般入浴は終了。
 
地元の人にはピンとくる湯だろうが、よそ者の私が偶然辿り着くのはなかなか大変だと思う。町の人に聞いて地元の人の入る湯を教えてもらった次第。
聞き出す努力を惜しんではいけない。
とくに「俺はまだおいぼれていない」などと強がり言う年寄りにはこの湯は目に入らないだろう。
 
実はこの1㎞付近に似たような湯で、湯は透明だがなんと400円で入れる共同湯がある。
もし湯質さえここと同等であれば、CPはここを越えて日本一となるだろう。
そうすれば私は上記のお宝湯のことを場所で詳細に「よそ者たち」へお教えしたいと思う。
今のところ、密かに私は日本一CPの湯だと思い込んで、余韻を楽しんでいる。
湯上りには湯当たりしそうになって、気を付けないと湯船で倒れかねない。
体に効きすぎるのか、或いは逆効果なのか、持病に聴かねばわからない。
 
帰宅して血圧を計ったら、かなり改善していたので、その点ではよさそうな湯治湯である。
 
帰路の大雨にはバイクのシートの上で面食らった。
しかし、大雨や台風の時でもかつてホンダCB1300TR(ツーリング)で名古屋から5時間かけて川崎へ走ったキャリアがいまも生きている。ちっとも怖くはなかった・・・。
 
水滴を受けた胸やヘルメットが叫んでいただけである。

2017年7月30日 (日)

ふふふ

2017072816070000

DOCOMOガラケーN-01Gという製造中止品を町田のビックカメラアウトレットで購入したものですが、ピントがあいません。しかも新品時にminSDが壊れて使えません。

救いは購入費が3000円前後で月々1420円でケータイができるということです。

SNSメールも携帯同士ならできます。音声通話はかなり品質は劣化していますが、何とか家内との通話は確保できています。声が全然本物と違うのが雑音の「なせるわざか。

値段の安さには代えられない。メールは月額500円くらいでパソコンからNIFTYで楽しんでいます。

さて、このボケた写真は中川温泉ぶなのゆを午後1時頃に出たときに、玄関右手の河原を見下ろして撮影したものです。

かねてより、私はこの川でこういう遊びをしたいと願っていましたが、彼らに先を越されました。悔しい限りです。

九州の筑後川、先般氾濫で大被害を受けた河川ですが、その川でこういう風にして毎年のん夏を腕白坊主として過ごしていたから、ぶなのゆの川には懐かしさを覚えていました。

50

少し上流ではやや年長の中学生くらいの子供たちが大人の引率のもと、ライフジャケットをちゃんと着て清流をさかのぼっていました。

私らの頃は、素潜りでしたので、ジャケットなんか・・・ふふふ。

今は着けていないと「いけない子」にされてしまうのでしょうね。ふふふ。

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