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2018年9月30日 (日)

富士山登山(10) 東京の夜景と遠雷

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先ほど見た山中湖周辺の夜景がきれいだったので、午後9時頃にトイレで起きたときにもう一度夜景を見ようと思った。

一度トイレから静かに他の人を起こさないように気遣いながらそっと玄関へ戻った。

夜勤のお兄さんに「少し外で夜景を見てもいいですかねえ?」と泥棒のようなささやき声で聴いてみた。

「いいですよ」との返事。

再び外へそっと出る。

夏だがひんやりとしていい空気。

山小屋の前に並べてある長い椅子には夜登山途中の人が休息のために座って夜景を眺めている。

椅子に座ると鎌岩館と向き合う。

だから夜景を見るには体を180℃捻じる必要がある。

私も捻じって座った。

山中湖の向こうに淡く輝く夜景が東京だ。

約30年前のこと、いずれ私は東京へ出ると心の中で決めた。40歳前後。

しかし、九州生まれで山口県に20年住んでいた私は、東京の巨大さが怖い。

その怖さをまず払拭するために、富士山へ登ろうと思った。

家族も東京へ引き連れていくことになるのだから、家族にも東京を知ってもらいたい。

相談すると、皆も賛成。自家用車で高速を12時間くらいは知って富士吉田の民宿へ着いた。小学校高学年と低学年の二人の娘と家内と私の4人で古い山小屋に泊まった。

鼻が曲がるくらいメタンガスの臭いがきついトイレと、汗の染み込んだ黒い布団(元は白い)の思いでは強烈だった。高齢者になってからのこれが2度目の登山だが、トイレと布団はトラウマとなって私を襲っていた。

しかし、既に述べたように世界遺産の富士山はトイレはまあまあ普通で、山小屋の寝具は寝袋に変わっていた。トラウマは治癒した。

手前はおそらく山中湖村だろう。その向こうの淡く横に広がる光が大東京だ。

電気やガス加熱により周囲より2℃ほど高温の東京の上空で盛んに雷が光っている。

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遠雷だが、音は聞こえず、光の点滅ショーが延々と続く。

20分間ほどこのシーンをぼんやり眺めていた。

家内には感謝しなければならない。

子供を育て一人立ちさせてくれた。私の持病管理のための栄養管理食の調理は私の命を延ばすしてくれている。富士山に登れるまでに復調したこがその証だ。

子供たちもそれぞれに努力をして自分の選んだ道を進んでいる。

親として十分な支援をしてあげられなかったことが多いだろうが、いつかは親のいない時代が来る。そのときは自分で道を選ぶしかないから、今からそうしておく方がいい。

一度しかない人生なのだから、生きたいように生きればいい。

大阪の逃亡犯が「ソレイネ周南」で昨日逮捕された。クスリをとそれを聞いて笑うのは山口県人である。

「それイねー!」はカーリングで有名になった北見市の「そだねー」と同じ言葉だ。

そうだねえ、という意味だ。JR戸田(へた)駅の先にある道の駅だそうだ。

大阪から自転車でそこまで逃げていた。私も山口県光市から下関まで通勤自転車で走ったことがある。行橋市まで行ってお尻の皮がむけたので郵送して電車に替えた。

犯人は戸田駅の先の山陽道群境碑のある峠坂を越えるに際して、水や食料を道の駅で万引きしようとして捕まったのだろう。おそらく途中で坂を見て道の駅へ引き返してきたのだろう。

その峠の先に富海海水浴場がある。独身時代に家内と二人でいったことがある。

白砂清松の海岸だ。

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山小屋の鎌岩館の屋根の上の月を撮影したが、ラクラクホンのカメラの限界を知った。

月額1000円の携帯電話契約でスマホ荒れ吹く東京の町で通勤に使っている。

カタカタと打ってパチンと閉じて鞄へポーンと放り込む。

これで必要な自宅への情報通信は終了した。付加価値をまったく生まない情報の渦に中へ入りこみ無駄な通信料金を支払うようなへまはしない。電子工学科卒の意地である。

通信工学テキストの1Pにあった。情報量は増えれば価値が下がる。正確にはエンタルピーの論理なのだが、ヨット部合宿でほとんどを志賀ノ島近くの合宿所で過ごしていた1年生の私にはたまに参加した大学の講義はそうとしか聞こえなかった。

しかし、真実だと最近は思える。

ほとんどの日本人がスマホを眺めて終日無駄な情報交換に脳をフル稼働させている。

隣の私に傘のしずくがかかっていても気にならない。おかしな国になりつつある。

わたしだけはスマホに逆らう。

・・・が、6年前に解約した後のAndoroidスマホハードはいまも持っていて、無料WI-FIに接続して無料でメール送信している。GmailやYhooメールをこれも無料だ。

価値の低い情報通信を無料でやるから、少しは価値を生む。

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首をもっと右へ捻じると神奈川県が見える。

厚木市あたりの灯が強く見えているが、川崎市の拙宅の明かりも遠くに混じっているに違いない。

遠雷の下のヒートアイランド大東京の夜景と神奈川の夜景を交互に眺めている。

この間を電車で通勤しているのだ。

20lkm、結構の距離である。

そして長い間の夜景の観察の結果、心の中に浮かんだのは妻への感謝の気持ちだった。

子供たちの末永い幸いを祈るばかりだった。

この「夜景観測30分間」は山小屋泊のトイレに出たお年寄りには是非お勧めしたい。

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