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2018年6月 6日 (水)

大山登山(4)~1252mの頂上へ 二人同行

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煩悩を払うように煙を浴びましょう。

ここでも200円。商売がお上手。釈迦も苦笑い。

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登山口にも賽銭箱、いささかうんざりしてくる。

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しばらくは賽銭箱から遠ざかることができそうだ。

最初の坂道はかなり急だ。ケーブルカーに乗ってきてここから登山をする人はちょっと度肝を抜かれるほどの一気坂。下から歩いてここまで登ってきた私たちにとっては、なんでもない坂。同じ坂なのに去年(ケーブルカーあり)と今年(ケーブルカー無し)では感じ方が異なる。

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白山信仰が元もとあるようだ。私は白い山と聞くと朝鮮半島の山々を想起してしまうが、白山信仰は我が国でももっとも朝鮮半島に近い山で生まれたものだ。

民族的なつながりを感じさせる信仰に思われる。

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阿夫利大神、雨を降らせる神、雨降神(あぶりかみ)である。これが大山自身の別名である。

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年を取るとこういう枯れた姿に気が惹かれるようになる。若い人は見落とすシーンだ。

この樹木の名は知らないが、枯れようとしている、或いは枯れてしまった団塊の世代の私たちの足元で、その孫たちの若葉が元気一杯に伸びようとしているのだ。

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幹を見上げると、すべての枝が枯れ切っている。樹木の「死」である。

死因はおそらく落雷による焼損であろう。あるいは虫の害かも知れない。

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暫く坂道を我慢して上る。あちこちで、あと何百メートルで頂上だとか、2時間登ってきたからあと何分だとか、ゴールを意図してどれくらいで頂上に着くのかというやり取りが耳に届いてくる。私はその情報は信じない。

脚の早い人と遅い人では到達時間は倍も異なることがある。

直感による距離測定も誤差が大きい。ときどき歩行距離と高度差距離を混同している会話もある。

だから私は残りいくらかを考えずに上る。

昨日小田急線の駅前で出会ったおばあさんが教えてくれたのだ。

少しずつ歩いていけば、必ず辿りつけるよ!・・・って。

その80歳を優に超える痩せて小柄な老婆は腰がまがっている。

やっと緩やかな坂を越えてこれから駅前へと緩やかな傾斜を降りている途中だった。

暮れてしまった歩道を手押し車を押して歩いているが、実は立ち止まってバッグを眺めているような姿勢でいる。

どうかしたのか、と思ってみていると、転がらない手押し車の車輪の片側を少し持ち上げては斜めに動かすことでほんのちょっとだけ荷車は斜めに進む。今度は逆の車輪をちょっとだけ持ち上げて斜めに前に進める。

見ていてもどかしい運動だが、毎日このおばあさんはこうやってどこかから駅へ通っている。一分間立ち止まってみていても1mも進んでいないだろうが、しかし前進はしている。

そこから駅までは私の足で10分だが、おそらく2時間後にはこの老婆も駅に着いていることだろう。時間は問題ない。要は駅へ行けるかどうかだ。

それまで私は今の体力で大山に登れるか不安があった。昨年はケーブルカーを使用して死にそうに苦しい思いをして頂上へ至ったのだから、今年は到達できないかも知れない。

そういう甘えた不安定な心は、この老婆の姿を見てから吹っ飛んだ。

老婆の姿をした釈迦に教えられたような気がした。

病は気から。確かにそういうところはある。

今年はおかげさまでケーブルカーも使わずに、案外元気で頂上に接近している。

私は遅いかも知れないが着実な足取りの私が、間違いなく頂上へ至ることを確信しつつ歩いている。

だから周囲のあと何分だとかあと何百メートルだとかいう声に無反応である。昨年はそういう声に一喜一憂していた。雑音に左右される登山だった。

おばあさん、「正しい登山道」を教えてくれてありがとう。

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うっすらと大山の商店の列らしき道が見える。

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空があかるくなってきた。樹木の背が低くなってきたから頂上は近い。

街道歩きでは峠に至る直前にこういう光景に巡りあう。

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富士見台だったか、富士山の絶景が見えるはずの場所に「札」が立ててあるが、あいにく今日の富士山は雲の中だ。

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年寄りになるとこういう景色にも目が留まる。感性は若いころより豊かになる。損するばかりではない。

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緑の中の野生の山つつじの花、橙の可憐な花は私の街道歩きでも癒しの花だった。

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登山道を左へ奥へ入る小道がある。

こういう道の有無を確かめておくことは街道歩きで必要な業だ。トイレのない旧街道では用を足すエリアを素早く発見する能力も必要である。さもなければ結構みっともない姿を世間様へ露呈するはめに陥ってしまう。

私はこういう努力をして奥州街道735㎞を歩いて津軽まで着いた。その日に竜飛岬の食堂で「東京から40歳の独身女性が昨日同じようにして着いたよ」と聞いたときに飛び上がるほど驚いた。

そういう難関を彼女も乗り越えてきたということに、見知らぬ女性ではあるが尊敬の念が湧いてきた。

仙台あたりで学生の男子のバックパッカーとすれ違った。

私が「テント泊で津軽まで」と答えると、坊主頭の彼は気を付けの敬礼をしてから深々と頭を下げてくれた。無言の敬意の表明であった。私はとてもうれしい気分で仙台を通過した。

独身女性が同じようにして東京から津軽まで歩いてきた。その話を聞いただけで私は敬礼し頭を下げる想いだった。

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阿夫利神社上社に着いたようだ。そこに賽銭を入れてから気づいたが、上社はその少し先にあった。そこでも賽銭をいれた。この写真にある建物が何か知らないままに賽銭を投げ込んだ。弘法大師のビジネスの罠にまんまとひっかかってしまった。

この調子だと四国御遍路の賽銭は88円×5倍は持参しておかないと済まないようだ。

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上社、縄文時代からあった石への信仰の場だ。

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上社の本堂の奥の院。本堂前はごった返していたので、そこを避けて撮影。

神様は実はここにお座りになっているのだ。

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あいにく我が家の方向(川崎市)は霞んでいる。しかし上空は雲が切れるとかーっと日差しが照って来るが、すぐに曇ってしまう。曇りときどき晴れ。案外疲労感は残っていない。

今年の夏の富士山登山はできるかも知れない。

意外と1年間の1日2万歩ウォーキングは効果があったのかも知れない。

あの老婆の教えに従えば、富士山もきっとたやすいことだろう。エベレストだって・・・。

 

 

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