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2017年8月23日 (水)

百合丘の百合は・・・、白かった。

百合丘という小田急線の駅を降りて、改札を出て左折し、右側の歩道に沿って右手の坂を上っていくと百合丘小学校の正門に至ります。
 
正門の左右にある茂みに咲いている百合は黄色いユリで黒い斑点があります。
おそらく小学生が植えたものでしょうが、それが古代からここに咲いていた百合であろうと思っていました。
 
それとは別のルート、駅の東側の坂を上るルートで百合丘のほぼ丘上という地点で白百合を見つけました。

Photo

写真1 ゴミ箱の傍の木株にうなだれて咲く白百合

Photo_2

写真2 自生しているように見える白百合

Photo_3

写真2の拡大

写真2を見ると自生しているかのように見えますが、周囲にはこの2つしか見当たりません。
 
果たしてこの丘の白百合の絶滅前なのか、あるいは誰かが2株だけ丘上に植えたのか、そこはわかりません。
 
王禅寺がこの地に建立された経緯を学ぶと、観音、マリア、マリアの色は白、白百合という連想が私には浮かんできたのでした。
 
それは真言宗には、中国から空海が持ち帰ってきた中国語で書いた新約聖書のお経が含まれており、現在でも高野山にはキリスト教徒を含む世界宗教団体が参詣しているという事実からも無理なくなっとくしておりました。
 
高野山を訪ねた時、「洗礼受付」という看板を見ましたが、私は自然にそれを受け止めました。世界から各種教団が参詣に来る寺なのですから。
 
高野山が「東の高野山」を意図して開いた王禅寺が、白いマリアを意識させる白百合の丘のふもとに開設されたとすれば、それは美しい景色だろうと想像していました。
 
しかし、百合丘小学校の百合は白いのですが黄色が混じっていて斑点がありましたので、ちょっとがっかりしていたのでした。
 
数日前に写真の白百合を百合丘のほぼ頂上で発見して、奈良時代の人々の信仰の姿を見出した思いがしました。
 
王禅寺-wikipediaより一部を以下に抜粋します。
 
「王禅寺(おうぜんじ)は、川崎市麻生区にある真言宗豊山派の寺院。
星宿山蓮華蔵院王禅寺と号する。
この寺院付近一帯の地名にもなっている。
「東の高野山」とも呼ばれた。 寺紋は三つ葉葵。
 
日本最古の甘柿の品種と言われている禅寺丸が発見された寺として有名[1]。
境内には原木が残っている。
 
沿革
創建の正確な年代は不明である。
慶安3年(1650年)成立の縁起(『聖観世音菩薩略縁起』)によれば、天平宝字元年(757)、
観音菩薩が孝謙天皇の夢枕に現れ「武蔵国の光ヶ谷戸という所に居る」と言われ、探索を命じられた結果、発見されたという。
 
孝謙天皇の勅命で武蔵国都筑郡二本松で発見(光ヶ谷など異説あり)された一寸八分の聖観音(しょうかんのん)である金の像を祀り堂宇を創建したという。
 
寺伝によれば延喜17年(917年)高野山の三世無空上人が、醍醐天皇から「王禅寺」の寺号(王の命じた仏教を修行するに適した場所としての寺という意味)を賜り、
同地に改めて創建され関東の高野山と呼せられ、東国鎮護の勅願寺となる。
延喜21年(921年)高野山の熊空上人により真言宗の寺となるという。」(抜粋終わり)
 
「星宿る山」もロマンチックです。小山の頂上にある周辺は武蔵野の原野ですので、360度星空が見えたことでしょう。
 
誕生日に娘たちからプレゼントされた星座マシンで我が家の居間も星宿る部屋ですが、人工です。
 
「蓮華蔵院」に深い意味が隠されているように私には思われます。
蓮華はwater lilyともいわれ、lilyは百合です。
 
百合は白、白はマリアの象徴色です。
 
この寺のどこかにマリア観音像があるのではないか、などと想像させてくれる名前です。
 
百合丘の丘上に白百合が自生していました。
 
この花は、天平宝字元年(757)の頃から生き抜いてきた白百合ではないか、と私には思われました。
 
ユダヤ教やキリスト教では、神は「光」を好むとされています。
祇園の神輿を光を反射する金銀の短冊で飾る風習も同根の思想ではないかと思われます。
 
「武蔵国の光ヶ谷戸」(むさしのくにのひかりがやと」は神が棲まうのにふさわしい地名であったことでしょう。
 
「口語訳聖書 - 創世記 - 日本語の聖書」より創世記の冒頭文を抜粋します。
http://bible.salterrae.net/kougo/html/genesis.htmlより
 
「創世記 第1章
1:1はじめに神は天と地とを創造された。
1:2地は形なく、むなしく、やみが淵のおもてにあり、神の霊が水のおもてをおおっていた。
1:3神は「光あれ」と言われた。すると光があった。
1:4神はその光を見て、良しとされた。神はその光とやみとを分けられた。
1:5神は光を昼と名づけ、やみを夜と名づけられた。夕となり、また朝となった。
第一日である。」(抜粋終わり)

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