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2017年5月 3日 (水)

金鶏(きんけい)の間に座れなかった江藤新平

Sh3b0194

旧憲政記念館の金鶏の間(現在の明治神宮記念館の金鶏の間として現存しています)
 
今日は憲法記念日です。
 
私の祖母が幼いころ、祖母の自宅に訪ねてきた江藤新平が握り飯の礼状を残して去り、その翌日か、翌々日に土佐で捕縛されただろうことを、このブログに書きました。
 
大日本帝国憲法の制定に関して、江藤新平の役割と金鶏の間に座れなかった江藤の無念に思いを馳せます。
 
私の過去記事は、2017年4月22日 (土)付け「ますらおの  涙を袖にしぼりつつ」でした。
http://harukateinen.cocolog-nifty.com/blog/2017/04/post-c127.html
 
この表題は江藤の辞世、「ますらおの  涙を袖にしぼりつつ  迷う心はただ君がため」を引用したものです。
 
その「意味」が少しわかって来たような気がしますので、そのことを以下に示します。

 

大日本帝国憲法-wikipediaより、江藤が佐賀の乱を首謀した背景を抜粋します。

 

「1874年(明治7年)、前年の明治六年政変で征韓論の争議に敗れて下野した副島種臣・板垣退助・後藤象二郎・江藤新平らは連署により民撰議院設立建白書を左院に提出した。
 
この建白書には、新たに官選ではなく民選の議員で構成される立法議事機関を開設し、有司専制(官僚による専制政治)を止めることが国家の維持と国威発揚に必要であると主張されていた。
 
これを契機として薩長藩閥による政権運営に対する批判が噴出、これが自由民権運動となって盛り上がり、各地で政治結社が名乗りを上げた。
 
さらにこの頃には各地で不平士族による反乱が頻発するようになり、日本の治安はきわめて悪化した。
 
その代表的なものとしては、1874年(明治7年)の佐賀の乱、1876年(明治9年)の神風連の乱、1877年(明治10年)の西南戦争などが挙げられる。 」(抜粋終わり)
 
明治維新革命を行った薩長土肥同盟が分裂し、薩長に土肥が負けたことから江藤は捕縛されたのでした。
 
土佐の龍馬の革命前夜の死はこういうところにも影響を及ぼしていることを思えば、龍馬殺害の下手人が薩長のいずれかである可能性も浮かんできます。
 
その人物の死が大いなる利益をもたらす人物を、最有力な殺人事件の容疑者とする手法はあまりにも有名です。
 
「(明治の憲法)制定への動き
1876年(明治9年)9月6日、明治天皇は「元老院議長有栖川宮熾仁親王へ国憲起草を命ずるの勅語」を発した。
 
この勅語では、「朕、ここにわが建国の体に基づき、広く海外各国を成法を斟酌して、もって国憲を定めんとす。なんじら、これが草案を起創し、もってきこしめせよ。朕、まさにこれを撰ばんとす」として、各国憲法を研究して憲法草案を起草せよと命じている。
 
元老院はこの諮問に応えて、憲法取調局を設置した。
 
1880年(明治13年)、元老院は「日本国国憲按」を成案として提出し、また、大蔵卿・大隈重信も「憲法意見」を提出した。
 
このうち、日本国国憲按は皇帝の国憲遵守の誓約や議会の強い権限を定めるなどベルギー憲法(1831年)やプロイセン憲法(1850年)の影響を強くうけていたため、岩倉具視・伊藤博文らの反対にあい、大隈の意見ともども採択されるに至らなかった。
 
国会開設の勅諭
岩倉具視を中心とする勢力は明治十四年の政変によって大隈重信を罷免、その直後に御前会議を開いて国会開設を決定した。
その結果、1881年(明治14年)10月12日に次のような「国会開設の勅諭」が発された。
 
この勅諭では、第一に、1890年(明治23年)の国会(議会)開設を約束し、第二に、その組織や権限は政府に決めさせること(欽定憲法)を示し、第三に、これ以上の議論を止める政治休戦を説き、第四に内乱を企てる者は処罰すると警告している。この勅諭を発することにより、政府は政局の主導権を取り戻した。」(同上より抜粋)

 

「内乱を企てる者は処罰すると警告している。」この文言は最近耳にしたような気がしますが、同じ状況が生まれているのかしら・・・。
 
江藤も建言に加わっている国会開設の詔-wikipediaより憲法制定に関する江藤らの姿勢を見てみましょう。
 
「1881年(明治14年)、開拓使官有物払下げ事件が明るみに出たことに対し、参議の大隈重信は新聞も用いて開拓使長官の黒田清隆を鋭く批判、早期の国会開設を主張した。
 
イギリス流議院内閣制にもとづく憲法の制定と国会の一刻も早い開設を主張する大隈とドイツ流の君主大権をのこしたビスマルク憲法を範とすべきと主張し、国会開設は時期尚早であり立憲政体の整備は漸進的に進めるべきだとする伊藤が対立し、伊藤が大隈を政府から追放する事件(明治十四年の政変)に発展した。
 
これは大久保利通暗殺後の政府部内の主導権争いでもあったが、世論がこの事件に対して激化、民権運動はさらに高揚の様相を呈したため、政府は、近い将来の議会制度確立を約束して、運動の尖鋭化を抑えようとしたものである。」(抜粋終わり)
 
江藤新平-wikipediaは、江藤の姿勢をこう述べている。
 
「だがその一方で、英仏を範とする西欧的な三権分立の導入を進める江藤に対して、行政権=司法権と考える伝統的な政治的価値観を持ち、プロイセン王国(のちドイツ帝国)を範とする政府内の保守派からは激しく非難された。
 
また急速な裁判所網の整備に財政的な負担が追いつかず、大蔵省の井上馨との確執を招いた。
 
下野から佐賀の乱(佐賀戦争)まで[編集]
明治6年(1873年)には朝鮮出兵を巡る征韓論問題から発展した政変で西郷隆盛・板垣退助・後藤象二郎・副島種臣と共に10月24日に下野。
 
明治7年(1874年)1月10日に愛国公党を結成し1月12日に民撰議院設立建白書に署名し帰郷を決意する。
 
大隈・板垣・後藤らは、江藤が帰郷することは大久保利通の術策に嵌るものであることを看破し、慰留の説得を試みる。しかし江藤はこれには全く耳を貸さず、1月13日に船便で九州へ向かう。
 
江藤は直ぐには佐賀へ入らず2月2日、長崎の深堀に着き、しばらく様子を見ることになる。この一方、大久保は江藤の離京の知らせを知った1月13日には佐賀討伐のための総帥として宮中に参内し、2月5日には佐賀に対する追討令を受けている。」(抜粋終わり)
 
この国に国会を開設するという意思決定は御前会議で行われています。
それは(旧)憲政記念館の金鶏の間で開催されました。

Sh3b0126 現在は憲政記念館は国会議事堂そばにあり、旧憲政記念館は明治記念館であり、その入口に石碑が残っています。

「金鶏の間」(57坪、188㎡)より抜粋します。
http://www.meijikinenkan.gr.jp/wedding/banquet/kinkei.html

 
「明治14年に赤坂仮御所のご会食所として建造され、明治憲法の草案審議の御前会議に当てられた由緒ある会場です。
 
壁面には、金鶏と牡丹を国内有数の壁画師が伝統的な工法により壁画に施せられるものです。
 
庭園への眺望は昼夜を 問わず素晴らしく、世紀をこえて歴史的な行事ならびに式典、そして数限りない華燭の舞台となった伝統ある会場です。」(抜粋終わり)

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金鶏と牡丹の壁画

Hekiga_2

今日も華燭の宴が催されています。

これらを眺めますと、江藤はイギリス式立憲主義による新しい日本建設を進めようとし、プロシア憲法擁護派の岩倉、薩長と対立し、土佐で捕縛され、京都で斬首されたのでした。
 
昭和の大敗北へ至る道を江藤は直感して辞世の句を詠んだのかも知れません。
 
いまの、ワイドショーで陳謝ばかりする政治家集団の中には、命がけでこの国の形を主張する輩は見当たらないように思うのですが、憲法記念日の今日、江藤の句を思い出しましょう。
 
「ますらおの  涙を袖にしぼりつつ  迷う心はただ君がため」 江藤新平

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JR信濃町駅から徒歩5~10分です。

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旧憲政記念館入口

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花嫁衣装が正面に見えます。

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広い庭園

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これが金鶏の間の外観です。

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庭園

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金鶏の間では今日も披露宴が開催中。撮影したときは神奈川県のギタリストと練馬区のバンジージャンパーの結婚式でした。

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陽が傾くと火が入ります。

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かがり火で夜も庭は明るい。

 

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