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2017年5月

2017年5月30日 (火)

お気に入りの日帰り湯

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この山のふもとにあります。山の向こうは信玄の甲州です。峠を騎馬で信玄らが下りて来る光景が目に浮かびます。

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小田原攻めのあとで傷病兵の傷を癒させたのでしょうか。

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騎馬民族は川の水の色で塩分のあることを見抜いていたことでしょう。馬が飲まない水ですから・・・。いや馬のミネラル補給に好適だったのかも知れません。

それが温泉にはいいアルカリ水なんです。

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ぶなの木を眺めながら、1週間の疲れをいやす。娘の婚約により喪失感を受けたときもここで癒されました。ふーっ、いい湯です。

2017年5月29日 (月)

山梨 はやぶさ温泉 日帰り入浴

「はやぶさ温泉: 山梨 源泉掛け流し 日帰り入浴」より湯質に関する下りを抜粋します。
http://www.hayabusaonsen.net/index.html

「~泉質について~
笛吹川断裂温泉帯特有のアルカリ性単純泉(低張性アルカリ性温泉)と呼ばれています。
昭和23年施行の温泉法では、泉温、液性、浸透圧で泉質が決められます。
 
本泉の低張性アルカリ性単純泉とは、ヒトの体液の浸透圧(1kg中8.8g)を基準に8g未満の低張性(日本の大部分の温泉が低張性です)、Ph9.95という高アルカリ、泉温が42℃なので温泉ということになります。
 
Ph値が大きいアルカリ性になると、肌の角質を溶かすのでツルツルする感じを得られます。いわゆる美人の湯です。」(抜粋終わり)
 
温泉施設はこのサイトで案内しています。
 
2時間600円で下道で往復可能な日帰り温泉です。(但し、バイクの場合です。渋滞のある自家用車では実験できていません。)
 
白骨温泉泡の湯は下道では通えません。よって、はやぶさ温泉が今のところ私の日本一のコストパフォーマンス日帰り温泉となりました。
 
行けば良さは実感できると思いますが、探求心が薄いままですと銭湯のような印象だけで帰ってしまいかねません。ぜひ露天風呂まで行ってみてください。信玄よ、おまえもか・・・。
 
楓の木に囲まれている湯船で秋は壮観でしょう。
 
(吉田松陰と高杉晋作は楓の契りで結ばれていました。そしてイタリア大使館玄関脇にも見事な楓があります。信玄よ、おまえもか・・・。)
 
以下は私の本日の撮影したものです。

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富士山が写っているのですがガラケー写真の限界でした。画像をクリックして拡大すれば、中央やや左に富士山の雪溶け途中の雄姿が見えます。

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この道の右手にはやぶさ温泉が見えてきます。

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道路の右端の大きな樹木の左下に見えるのがはやぶさ温泉です。

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駐車場から案内板が誘導します。

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はやぶさ温泉玄関

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5月の花、つつじが山梨では満開です。

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信玄の郷らしい用水の整備です。

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内湯。すっきりした外観。窓の向こう側の階段を下りていくと自然味満天の露天風呂へ至ります。ここは露天も源泉かけ流しのようなのでお勧めです。硫黄の薄い香りを私は感じましたが、湯質には硫黄など説明されていませんでした。ごく微量の硫化水素か何かを私の鼻は嗅いでいるようです。

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「全部かけ流し」は珍しいです。湯量が豊富ということです。

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運転手以外は工場見学のあとで試飲できます。売店でも試飲できますのでおいしいと思ったワインを買えばよいですが、私はバイク運転がありますので、直感でメルロを買いました。

帰り道、近くのマンズワインワイナリー工場でメルローワインを買い求めました。あいにくブドウは小諸と信州のメルロでしたが、マンズワインで蒸留したとのことなので地酒と判断しました。

Photo_6

http://www.mannswine-shop.com/winery/katsunuma/

より引用しました。

ふたたび鳩の巣 母鳥との再会

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以前の巣は誰かに壊されていましたが、再び西洋石楠花の葉の中に同じ山鳩が巣をつくっていました。赤い丸の場所に巣がありますが、写真ではよく見えません。親鳥がいないときに私は巣の中に一個の白い卵があるのを見ました。前回は兄弟か姉妹の2個でしたが、今回も兄弟が生まれるかどうか、まだわかりません。そっとしてあげましょう。

Photo

ある朝、出勤時に私の足元に山鳩が下りてきました。

体から見て親どりでしょう。巣だったヒナは羽根が飛べるほど丈夫にはなっているでしょうけど、一回りはまだ小さいはずです。

おそらくあの卵を抱いていた母鳥が私に挨拶がてら朝食をとっているのではないかと想像しました。山鳩なのに近づいても逃げない、つまり私は彼女の知り合いだということになります。

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アスファルトの上に何が落ちているのでしょうか、木の実などがあるのかも知れません。

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思案気に探しています。

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この角度の目線は明らかに私を見上げています。小学生時代に4年間10羽ほどの鳩を自宅で飼った経験から、鳩は私を見ています。「また卵を抱いていますので、静かに見守ってくださいな。」とでも言っているのでしょう。

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遠ざかったあとでも、先ほどのアスファルトの上でまだ朝食を続けている山鳩でした。

1年に4~5回も卵をうむのかしら。元気な鶏は毎朝卵を生むから、鳩も何度でも生めるのでしょう。

2017年5月15日 (月)

泡の湯 続報

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1 大月市から見た富士山(これから国道20号を上高地と向かいます。)

ガラケー写真なので広がりが再現できないのが残念です。トンネルを出るとこの雄大な姿が眼前に広がってきて、息を飲みます。この場所以外ではなかなか大月市の国道20号線では富士の姿を目にできません。

下段にそのほかの写真を掲載しています。南アルプスときれいな水と花と・・。

私が泡の湯を知ったのはgoogle検索で下記を見たことでした。

「プチ旅行気分!関東近郊で人気の“日帰り温泉宿”ランキングTOP20」
piyomaru|更新日:2016年12月20日
https://retrip.jp/articles/21387/
 
この中で、私がいけそうなのは、例えば、
 
第20位  草津温泉 奈良屋 / 群馬
日帰り入浴は12時半から14時までで、1,200円
 
第15位  花水庭 おおや / 山梨
日帰り入浴は1,260円
 
第14位 白骨の名湯 泡の湯 / 松本市安曇
日帰り入浴は820円
 
第13位  ホテル天坊 / 群馬
日帰り入浴は1,200円
 
第12位  鬼怒川観光ホテル / 栃木
700円から日帰り温泉
 
このことは既にお話しました。
 
実際に行って来て、私は泡の湯が「日帰り温泉日本一」だと実感しております。
 
よって湯質のことは、どうしても報告しておきたいと思いました。
 
詳しい成分などは公式サイトをご覧ください。
http://www.awanoyu-ryokan.com/
 
湯船の中で親子か兄弟らしい会話。
 
内湯の源泉掛け流しのほぼ透明な湯で、温度は38度くらいのぬるめです。
九の字に体をしていると座れますが、足を延ばして腰を少しでも浮かせると、ずんずんと体が水面へと浮かんで上がります。比重が重いことがわかります。
 
若者「こちらは透明だけれど、隣の温かい湯は白く濁っているよ。何か混ぜているんじゃないか?」
 
中年紳士「いや、そのままだ。そのままだ・・・。」
 
大きな内湯の隣には10人程度で一杯になる内湯が近接してあり、そこは白く濁っています。季節によって白にほかの色も少し混ざるようです。
 
温度は40度以上あって、体が温まります。
案内書などにも書いていましたが、加温すると泡が消えてしまい白く濁るので、大きな内湯は源泉のぬるい湯のまま掛け流しているとのこと。実はぬるいからナノマイクロバブルが存在しているのでした。
 
なぜナノマイクロバブルがあると私が思ったのか?
 
人間の髪の毛は100ミクロン程度です。
つまり、炭酸水素ガスのある湯では目に見えるほどの泡が水中の体に付着します。目に見える泡とは、100μmの髪の毛ほどの直径のあるマイクロバブルです。
 
ここの大きな内湯に長時間浸かっていても泡ははっきりと肌の上に見えません。
 
しかし、5分も経過してから腕を軽くこすると、小さな泡の集団が緩やかに水面へと移動してきます。泡が小さいほど泡の浮上速度も遅いので、数μmからサブミクロン(つまり数百ナノメートル)の直径の微細な泡であることがわかります。
 
若者はそういう観察眼を有しないので、泡の存在に気づいていません。
 
温めると成分が酸化して白濁することも知識として知らないので、何かを混ぜて白くさせているのだろうと猜疑心を抱きつつ湯に浸かっていました。
 
同じ820円で湯に浸かるのですが、無知で浸かるのと学習してから浸かるのでは、価値に差を生じます。
 
美肌効果は確かに体感しておりまして、帰宅してもう1週間ですが、肌の艶がまだ持続しているようです。
 
さて、以下は道中の写真です。

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2 山梨から見るヤツガダケ

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3 松本市(横断歩道橋の向こうにアルプス)

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4 雪と花と水と(安曇野)

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5 国道に空地とトイレ(道の駅の原型が松本市にある)

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6 美しい自然(スイスに負けていない)

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7 古代アッシリア語のミズ(日本語の水)の制御

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8 川に沿って山をバイクで登る(県道300号線)

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9 ずんずん登ります

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10 右手に本来の白骨温泉郷、その先へと向かう

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11 本館裏側の駐車場に到着

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12 泡の湯に到着

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13 日帰り入浴は裏玄関から

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14 泡の湯露天大風呂(3本の高い樋から落下流)硫化水素を空中に飛ばすやり方は草津温泉も同じです。混浴ですが女性用のバスタオル貸出があります。私は素裸で入りました。

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15 日本アルプスサラダ街道 この看板を見て安曇野のブドウで造ったワインを飲みたくなった。

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16日本アルプスサラダ街道(両サイドはリンゴの花)

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17 安曇野ワイナリー方面へ観光バスが向こうからやって来た

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18 薔薇はいち早く病気を知らせてブドウを救う

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19 安曇野シャルドネを一本買い求めました

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20 シャルドネの木

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21  これが人気ワインのようでした(帰宅してオンライン注文サイトを見ると売り切れになっていました)

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24 メルロの木(木も赤く見えます)

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25 左の小川、右のワイナリー

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27 山梨県甲斐市の、とある高速パーキングを出たところで見えた富士

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その近くにこんな光景が見えました。
「湯あみの丘 左折1.5㎞」と書いてあります。
ここの湯も湯質がよい日帰り温泉でした。一度浸かりましたが、確か硫黄の匂いがほんのわずかにしていたように記憶しています。
http://www.geocities.jp/yumemionsen/

http://kanto.pokanavi.jp/content.php?eid=00054

「弱アルカリのナトリウム-塩化物温泉で、源泉をそのまま掛け流し」と書いてありました。

また、白骨温泉泡の湯と安曇野ワイナリーへ来ようと思いました。

 

2017年5月 8日 (月)

白骨温泉の奥にある泡の湯 日帰り訪問(上高地)

白骨温泉(しらほねおんせん)と読みます。
長野県松本市の上高地のさらに坂上にある温泉ですが、今回目指す泡の湯はそこからさらに2㎞坂を上った山奥にあります。

Photo

google mapより引用
午前4時、HONDA VTR-F250に乗って新百合ヶ丘出発、国道20号線、塩尻で右折して国道19号線、松本市で左折して国道158号線を走ります。

日帰りにここを選んだことを後悔しつつ、山中を曲がりくねりながら走っていると、忘れた頃に右手に「白骨温泉」の大きな看板が出てきますので、やや右寄りの側道に入って長野県道300号を走って坂道を登り白骨温泉に至ります。
 
158号線で山中を走っている途中で、2~3回白骨温泉の日帰りに挑戦したことを後悔しました。もう引き返した方がようのではないか・・・、、迷いとの戦いが続きます。
ガソリンの残量が気になります。ガソリンスタンドは全くない山の道なので松本市で満タンにしておかないとガス欠トラブルになります。
 
ようやくの思いで白骨温泉郷に辿り着きます。
 
さらにそこから急坂を上って2キロ山奥に泡の湯温泉がありました。
 
これだけの距離を日帰りするには、相当の「根性と気合」が必要であることを学びました。
私の最長の日帰り温泉でした。
 
詳細は明日以降(まだ疲労が抜けません)記載しますので、取り急ぎ「肝」のシーンだけを掲載します。
続報をお待ちください。

Photo

泡の湯から坂の上へ300mほどいくと根雪の景色に出会います。乗鞍岳のふもとにいる、という印象です。名古屋居住のときに、2度乗鞍岳にバイクで来ましたが、名古屋や木曽や飛騨が近いという印象です。

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泡の湯駐車場入口。手前後ろに本館があります。

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本館玄関傍の道路から撮影した外湯混浴(白濁しているので浸かっている限りは体は見えません。女性は入浴用バスタオルを用意しているので安心です。内湯から風呂用の長い廊下を歩いて裸でここへ歩いて行った私は、そうではありません。月曜日なので誰もいなくてよかったです。

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駐車場から本館横を撮影。中に内湯2個、野天1個、長い廊下を伝って歩いて上の大きな外湯(混浴に行けました)10:30~14:00までの入浴で、13時30分からは外湯のみでの営業に変わるようです。

Photo_13 公式サイトより引用しました。

右上の野天風呂には3つの樋から滝のように源泉が注がれています。3つに分けているところに私は、自然と三位一体説を直感します。

今日の14時までの日帰り入浴できたのは黄色い〇の湯でした。13時30分からは赤い丸の外湯で営業すると貼り紙が書いてありました。つまり午前中に私が入った黄色い〇の湯船は午後2時からは掃除したあと宿泊客専用となるようです。午後だと上の大きな黄色い〇の外湯混浴に入れなかったのだろうか、まだ仕組みがよくわかりません。

電話で行く前に確認することを御勧めします。026-393-2101

内湯から「3つの樋から滝のように出る混浴野天」へは820円の日帰り入浴料で行けるかどうかわかりませんでしたが、見たさが勝って長い入浴者専用の廊下を歩いて、ともかく浸かってみました。

私的には、「日本一の日帰り温泉」だと感じました。最高の温泉浴です。

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湯上りに国道158号線を波田支所(松本市)から左折して、北側隣接の安曇野市のサラダ街道へ。波多(ハタ)は渡来人秦(ハタ)氏一族が日本へ帰化してのちに様々に名前を変じ分散していった中にある苗字です。私の友人波多江君もそうであったか、などと思い出して走っています。

Map
google zenrin mapより引用

道路標識も少なく、安曇野ワイナリーへたどり着くまでには運と直感に左右されます。こうやって畑ばかりの道で迷うのも昔懐かしい光景です。

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両側に白い花@日本アルプスサラダ街道

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農家の人に聞いてみるとリンゴだそうです。長野リンゴか・・・。

Photo_10

上高地へ来るときはのんびりと国道を走りました。しかし、さすがに帰路は高速道路を用いないと明日の出社に間に合いません。

高速道路に入る前に、安曇野ワインを調達しましょう。
Y&T結婚式の引き出物でいただいたリュックが役立ちます。

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安曇野ワイナリー株式会社 販売センター。運転しない人は試飲できます。する人はリンゴジュースや飲むヨーグルトの試飲ができます。ブドウ畑に面した外庭でのソフトクリームもお勧めです。

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ブドウ畑。シャルドネと薔薇。傍に植えた薔薇の花は、病気の早期検出に役立つそうです。

薔薇は病気になりやすく、ブドウが病気になる前に枯れて危険を知らせてくれるそうです。

シャルドネ安曇野ワインをここで買い求めました。来客時に飲む予定で冷蔵庫で眠っています。コンコード赤も買いましたが、こちらは昔懐かしい日本ワインでした。シャトーシャルドネ安曇野(赤)が欲しかったのですが、財布と相談してあきらめました。次回のお楽しみにとっておきます。

オンラインショッピングもできます。
http://ch-azumino.shop-pro.jp/

オンラインショッピングのワイン見ると下記は売り切れになっていました。
メルロが人気だと帰宅してから知りました。

メルロ 涌井ヴィンヤード 2014
3,456円(内税)

メルロ 樽熟成 2014
3,456円(内税)

どうしてこんな山奥に1000円以下の日帰り温泉があることを知ったのか?

「プチ旅行気分!関東近郊で人気の“日帰り温泉宿”ランキングTOP20」を見たからです。
piyomaru 更新日:2016年12月20日
https://retrip.jp/articles/21387/

この中で、私がいけそうなのは、例えば、

第20位  草津温泉 奈良屋 / 群馬
日帰り入浴は12時半から14時までで、1,200円

第15位  花水庭 おおや / 山梨
日帰り入浴は1,260円

第14位 白骨の名湯 泡の湯 / 松本市安曇
日帰り入浴は820円

「白骨の名湯 泡の湯」は、その通りでした。

しかし、私の評価では、泡の湯がコストパフォーマンスで日本一の日帰り温泉だ、ということになりました。

入浴2時間で、帰路は長野道⇒中央高速を使い、夕方7時に帰宅しました。

全人未踏?の日帰り温泉も興味ある挑戦です。次は山形の名湯を狙っております。

2017年5月 3日 (水)

金鶏(きんけい)の間に座れなかった江藤新平

Sh3b0194

旧憲政記念館の金鶏の間(現在の明治神宮記念館の金鶏の間として現存しています)
 
今日は憲法記念日です。
 
私の祖母が幼いころ、祖母の自宅に訪ねてきた江藤新平が握り飯の礼状を残して去り、その翌日か、翌々日に土佐で捕縛されただろうことを、このブログに書きました。
 
大日本帝国憲法の制定に関して、江藤新平の役割と金鶏の間に座れなかった江藤の無念に思いを馳せます。
 
私の過去記事は、2017年4月22日 (土)付け「ますらおの  涙を袖にしぼりつつ」でした。
http://harukateinen.cocolog-nifty.com/blog/2017/04/post-c127.html
 
この表題は江藤の辞世、「ますらおの  涙を袖にしぼりつつ  迷う心はただ君がため」を引用したものです。
 
その「意味」が少しわかって来たような気がしますので、そのことを以下に示します。

 

大日本帝国憲法-wikipediaより、江藤が佐賀の乱を首謀した背景を抜粋します。

 

「1874年(明治7年)、前年の明治六年政変で征韓論の争議に敗れて下野した副島種臣・板垣退助・後藤象二郎・江藤新平らは連署により民撰議院設立建白書を左院に提出した。
 
この建白書には、新たに官選ではなく民選の議員で構成される立法議事機関を開設し、有司専制(官僚による専制政治)を止めることが国家の維持と国威発揚に必要であると主張されていた。
 
これを契機として薩長藩閥による政権運営に対する批判が噴出、これが自由民権運動となって盛り上がり、各地で政治結社が名乗りを上げた。
 
さらにこの頃には各地で不平士族による反乱が頻発するようになり、日本の治安はきわめて悪化した。
 
その代表的なものとしては、1874年(明治7年)の佐賀の乱、1876年(明治9年)の神風連の乱、1877年(明治10年)の西南戦争などが挙げられる。 」(抜粋終わり)
 
明治維新革命を行った薩長土肥同盟が分裂し、薩長に土肥が負けたことから江藤は捕縛されたのでした。
 
土佐の龍馬の革命前夜の死はこういうところにも影響を及ぼしていることを思えば、龍馬殺害の下手人が薩長のいずれかである可能性も浮かんできます。
 
その人物の死が大いなる利益をもたらす人物を、最有力な殺人事件の容疑者とする手法はあまりにも有名です。
 
「(明治の憲法)制定への動き
1876年(明治9年)9月6日、明治天皇は「元老院議長有栖川宮熾仁親王へ国憲起草を命ずるの勅語」を発した。
 
この勅語では、「朕、ここにわが建国の体に基づき、広く海外各国を成法を斟酌して、もって国憲を定めんとす。なんじら、これが草案を起創し、もってきこしめせよ。朕、まさにこれを撰ばんとす」として、各国憲法を研究して憲法草案を起草せよと命じている。
 
元老院はこの諮問に応えて、憲法取調局を設置した。
 
1880年(明治13年)、元老院は「日本国国憲按」を成案として提出し、また、大蔵卿・大隈重信も「憲法意見」を提出した。
 
このうち、日本国国憲按は皇帝の国憲遵守の誓約や議会の強い権限を定めるなどベルギー憲法(1831年)やプロイセン憲法(1850年)の影響を強くうけていたため、岩倉具視・伊藤博文らの反対にあい、大隈の意見ともども採択されるに至らなかった。
 
国会開設の勅諭
岩倉具視を中心とする勢力は明治十四年の政変によって大隈重信を罷免、その直後に御前会議を開いて国会開設を決定した。
その結果、1881年(明治14年)10月12日に次のような「国会開設の勅諭」が発された。
 
この勅諭では、第一に、1890年(明治23年)の国会(議会)開設を約束し、第二に、その組織や権限は政府に決めさせること(欽定憲法)を示し、第三に、これ以上の議論を止める政治休戦を説き、第四に内乱を企てる者は処罰すると警告している。この勅諭を発することにより、政府は政局の主導権を取り戻した。」(同上より抜粋)

 

「内乱を企てる者は処罰すると警告している。」この文言は最近耳にしたような気がしますが、同じ状況が生まれているのかしら・・・。
 
江藤も建言に加わっている国会開設の詔-wikipediaより憲法制定に関する江藤らの姿勢を見てみましょう。
 
「1881年(明治14年)、開拓使官有物払下げ事件が明るみに出たことに対し、参議の大隈重信は新聞も用いて開拓使長官の黒田清隆を鋭く批判、早期の国会開設を主張した。
 
イギリス流議院内閣制にもとづく憲法の制定と国会の一刻も早い開設を主張する大隈とドイツ流の君主大権をのこしたビスマルク憲法を範とすべきと主張し、国会開設は時期尚早であり立憲政体の整備は漸進的に進めるべきだとする伊藤が対立し、伊藤が大隈を政府から追放する事件(明治十四年の政変)に発展した。
 
これは大久保利通暗殺後の政府部内の主導権争いでもあったが、世論がこの事件に対して激化、民権運動はさらに高揚の様相を呈したため、政府は、近い将来の議会制度確立を約束して、運動の尖鋭化を抑えようとしたものである。」(抜粋終わり)
 
江藤新平-wikipediaは、江藤の姿勢をこう述べている。
 
「だがその一方で、英仏を範とする西欧的な三権分立の導入を進める江藤に対して、行政権=司法権と考える伝統的な政治的価値観を持ち、プロイセン王国(のちドイツ帝国)を範とする政府内の保守派からは激しく非難された。
 
また急速な裁判所網の整備に財政的な負担が追いつかず、大蔵省の井上馨との確執を招いた。
 
下野から佐賀の乱(佐賀戦争)まで[編集]
明治6年(1873年)には朝鮮出兵を巡る征韓論問題から発展した政変で西郷隆盛・板垣退助・後藤象二郎・副島種臣と共に10月24日に下野。
 
明治7年(1874年)1月10日に愛国公党を結成し1月12日に民撰議院設立建白書に署名し帰郷を決意する。
 
大隈・板垣・後藤らは、江藤が帰郷することは大久保利通の術策に嵌るものであることを看破し、慰留の説得を試みる。しかし江藤はこれには全く耳を貸さず、1月13日に船便で九州へ向かう。
 
江藤は直ぐには佐賀へ入らず2月2日、長崎の深堀に着き、しばらく様子を見ることになる。この一方、大久保は江藤の離京の知らせを知った1月13日には佐賀討伐のための総帥として宮中に参内し、2月5日には佐賀に対する追討令を受けている。」(抜粋終わり)
 
この国に国会を開設するという意思決定は御前会議で行われています。
それは(旧)憲政記念館の金鶏の間で開催されました。

Sh3b0126 現在は憲政記念館は国会議事堂そばにあり、旧憲政記念館は明治記念館であり、その入口に石碑が残っています。

「金鶏の間」(57坪、188㎡)より抜粋します。
http://www.meijikinenkan.gr.jp/wedding/banquet/kinkei.html

 
「明治14年に赤坂仮御所のご会食所として建造され、明治憲法の草案審議の御前会議に当てられた由緒ある会場です。
 
壁面には、金鶏と牡丹を国内有数の壁画師が伝統的な工法により壁画に施せられるものです。
 
庭園への眺望は昼夜を 問わず素晴らしく、世紀をこえて歴史的な行事ならびに式典、そして数限りない華燭の舞台となった伝統ある会場です。」(抜粋終わり)

Hekiga_1

金鶏と牡丹の壁画

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今日も華燭の宴が催されています。

これらを眺めますと、江藤はイギリス式立憲主義による新しい日本建設を進めようとし、プロシア憲法擁護派の岩倉、薩長と対立し、土佐で捕縛され、京都で斬首されたのでした。
 
昭和の大敗北へ至る道を江藤は直感して辞世の句を詠んだのかも知れません。
 
いまの、ワイドショーで陳謝ばかりする政治家集団の中には、命がけでこの国の形を主張する輩は見当たらないように思うのですが、憲法記念日の今日、江藤の句を思い出しましょう。
 
「ますらおの  涙を袖にしぼりつつ  迷う心はただ君がため」 江藤新平

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JR信濃町駅から徒歩5~10分です。

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旧憲政記念館入口

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花嫁衣装が正面に見えます。

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広い庭園

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これが金鶏の間の外観です。

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庭園

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金鶏の間では今日も披露宴が開催中。撮影したときは神奈川県のギタリストと練馬区のバンジージャンパーの結婚式でした。

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陽が傾くと火が入ります。

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かがり火で夜も庭は明るい。

 

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