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2016年12月 6日 (火)

わからないことを調べました。法蔵菩薩の名前とは、

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比叡山延暦寺 根本中堂 朝の読経の声がこだまする。

歴史を見ましたら、織田信長が一度焼いていました。大名の放火です。

788年(延暦7年)
伝教大師により「一乗止観院」創建(中央に薬師堂・北に文殊堂・南に経藏)
823年(弘仁14年)
嵯峨天皇より延暦寺に寺号を賜り「根本中堂」と改称
887年(仁和3年)
9間4面の大堂に改修(智証大師の時代)
980年(天元3年)
谷を埋め立て現在と同規模11間の大堂に改修し廻廊や中門を新造(慈恵大師の時代)
1571年(元亀2年)
織田信長の焼き討ちにより焼失
1585年(天正13年)
仮堂建立
1642年(寛永19年)
江戸幕府三代将軍徳川家光により9年の歳月をかけて再興
1798年(寬政10年)
本堂屋根栩葺を銅板葺に変更
1955年(昭和30年)
昭和の大改修(半解体修理)
2016年(平成28年より)
平成の大改修(10年間の予定)」
(写真、文とも「根本中堂の歴史」より引用。)
http://www.tendai.or.jp/daihoue/project/konponchudo.html
 
家光さん、いい仕事をしていますね・・・。
 
前の記事で、向嶽寺の開山、抜隊得勝(ばっすいとくしょう)禅師の偉い点だとして一念発起した動機をほめた下りがよくわかりませんでした。
何がそんなに偉いのかと。
 
「ついに(抜隊得勝は、)正平10年(1355)29歳の正月「衆生を度し尽くして後に正覚を成ずべし。」と決意されます。
 
「この決意は阿弥陀如来の前身である法蔵菩薩の大願と同じで極めて注目すべきことです」と書いていたのですが、何のことやらわかりません。
 
wikipediaに聞いてみました。
 
 「四十八願 (しじゅうはちがん)とは、浄土教の根本経典である『仏説無量寿経』(康僧鎧訳)「正宗分」に説かれる、法蔵菩薩[1] が仏に成るための修行に先立って立てた48の願のこと。
 
『仏説無量寿経』のサンスクリット原典[2]である『スカーバティービューハ』には異訳があり、願の数に相違がある。二十四願系統と四十八願系統とに大別できる。前者は初期の浄土教思想、後者は後期の発展した浄土教思想を示すとされる。
 
浄土宗、浄土真宗などの浄土教系仏教諸宗では、特に「第十八願」を重要視する。
中略。
 
第十八願
願名 - 念仏往生の願・選択本願・本願三心の願・至心信楽の願・往相信心の願
原文 - 設我得佛 十方衆生 至心信樂 欲生我國 乃至十念 若不生者 不取正覺 唯除五逆誹謗正法
 
訓読 - 設(も)し我れ仏を得たらんに、十方の衆生、至心に信楽(しんぎょう)し、我が国に生ぜんと欲して、乃至十念せんに、若し生ぜずば、正覚を取らじ、唯五逆と誹謗正法は除く。 / たとい我、仏を得んに、十方衆生、心を至し信楽して我が国に生まれんと欲うて、乃至十念せん。もし生まれずは、正覚を取らじ。唯五逆と正法を誹謗せんをば除く。
 
意訳 - 私が仏となる以上、(誰であれ)あらゆる世界に住むすべての人々がまことの心をもって、深く私の誓いを信じ、私の国土に往生しようと願って、少なくとも十遍、私の名を称えたにもかかわらず、(万が一にも)往生しないということがあるならば、(その間、)私は仏になるわけにいかない。ただし五逆罪を犯す者と、仏法を謗る者は除くこととする。(第十八念仏往生の願)[4]
 
わたしが仏になるとき、すべての人々が心から信じて、わたしの国[5]に生れたいと願い、わずか十回でも念仏して、もし生れることができないようなら、わたしは決してさとりを開きません 。ただし、五逆の罪を犯したり、仏の教えを謗るものだけは除かれます。[6]
 
法然はこの願を最も重要な願ととらえ、『選択本願念仏集』において、「故知 四十八願之中 既以念仏往生之願[7]而為本願中之王也」と解釈したことから、「王本願」とも呼ばれる。」(四十八願-wikipediaより)
 
悪人をも往生できるという考え方は、例外規定を置かなかったのではないかと思ったのですが、例外規定はあるようです。
 
法蔵菩薩と同じ理由で悟りを開いた点が、 抜隊得勝(ばっすいとくしょう)禅師は偉いという訳です。
 
しかし、法蔵菩薩って誰でしたっけ。
 
「法蔵菩薩 - 阿弥陀如来の因位の時の名(修行時の名)」(法蔵菩薩-wikipedia)
 
「私の名を十回唱えて云々」とは、念仏のナムアミダブツを口に出していうということでした。
 
『「南無」はナモー(namo)の音写語で「礼拝、おじぎ、あいさつ」を意味するナマス(namas)の連声による変化形。
 
「礼拝」から転じて帰依(śaraṇagamana)を表明する意味に用いられ、「わたくしは帰依します」と解釈される。
 
「阿弥陀」は、その二つの仏名である「アミターバ(無量の光明, amitābha)」と「アミターユス(無量の寿命, amitāyus)」の「はかることのできない(無量)」というアミタ(amita-)のみを音写したもの。
 
すなわち「南無阿弥陀仏」とは「わたくしは(はかりしれない光明、はかりしれない寿命の)阿弥陀仏に帰依いたします」という意味となる。」(南無阿弥陀仏-wikipedia)
 
昔、私は比叡山延暦寺の根本中堂の庭を散策したことがありました。
朝の読経の声が松やヒノキの梢に木魂します。
 
「なーーもーー、あーーみーー、だーーぼーーー。なーーもーー ・・・」
 
だから「なーもー」と発音していたのだと、今理解できました。
 
ナモー(namo)で、お辞儀をしながら対象に帰依しますと誓う言葉なのでした。
 
比叡山で今もなお、「なーーもーーー」と原始仏教のままの「音(おん)」が流れていることに対して、私は最澄さんの偉大さをひしひしと感じる次第です。

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