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2016年12月 6日 (火)

塩山温泉 公衆風呂は極上の湯質、但し熱い

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SH3B0534 向嶽寺開山和尚による温泉発見

書いてある内容よりも、信玄の郷の人の達筆に見とれました。(風呂場の入り口にて)
しかも内容もすごいし、ありがたい。

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SH3B0535 公衆風呂の入り口(大人400円)、この後ろ側のとなり部屋に座るおじいさんに支払います。

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SH3B0537 脱衣場にコインロッカーはありません。同じ経営の隣接旅館で預かるかも知れません。

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SH3B0536 内風呂のみです。向こうが熱い湯船、手前が常温の源泉です。私は源泉を洗面器で汲み、自分の周囲にまき温度を調整しました。
 
私の中ではコスト/性能比で今のところ日本一ですが、熱いのにはなれるほかありません。
お断りしておきますが、「私的に日本一」という意味は安くて良質という点で日本一という意味です。
 
一泊一人5万円、10万円などを支払っての日本一なら観光案内にいけばすぐに教えてくれますので、自分で苦労して探す必要もありません。
 
300円、400円という安い入浴料で極上の湯質と清潔な施設と景色を提供しているところが、『とても偉い』と私は思うのです。
 
そういう日帰り入浴できる温泉は、日本の国の変質とともに、消えていきつつあります。
この国の良さがいつまでも消えないようにと祈りつつ、コスト/性能日本一の湯を探して走り回っているところです。
 
「塩山温泉「宏池荘」さんに日帰り入浴♨」
http://blogs.yahoo.co.jp/kyytn668/8674774.html
 
さて、自宅を出る前に、事前にこの記事を読んでから山科へ参りました。
 
「武田信玄公の隠し湯としても知られています。(この言葉に私は弱い)
 
この、こじんまりとした温泉街のほぼ中央に位置するのが、旅館・宏池荘さんです。
この旅館の大浴場は「公衆浴場」としても営業しており、地元の人々や観光客の皆さんに人気があるとのことです。
 
入口は、お宿の入口とは別の場所(駐車場の奥手)にあり、下駄箱に靴を入れて入ると、左右どちらに行ったら良いのか分からず・・・
左の母屋(旅館棟)に入ると、リクライニングチェアで熟睡している年配の男性を発見・・・・・・」(同上抜粋終わり)
 
そのおじいさんが駐車場にやってきました。
 
私がバイクを駐輪したのが午前9時過ぎ。
すかさずその隣に軽トラックが入庫し、私を見ながら「何がしたいのか?」と聞かれた気がしました。
 
「風呂に入りたいのですが・・・」
 
「400円じゃ」
 
このおじいさんがあの風呂の親父らしい。
 
一緒に公衆風呂の方へ歩いていき、親父は左手の旅館側のガラス扉を開けて居間へ入り、例のリクライニングシートへ座る。
今はまだ眠りはしない。
 
私は立ったまま、おじいさんに料金を手渡し、簀子板の前で靴を脱ぎ、右手の公衆風呂に向かう。
親父は遠ざかる。
 
背中方面でおじいさんの声が響く。
 
「誰もおらんから、貸し切りじゃっ!」
 
貸し切りで400円は安いという意味だろうか・・・。
 
清潔そうな湯である。
手入れはきちんとしていて気持ちいい。
 
まず手前の源泉水槽に手を浸けてみるが、水で冷たい。少しぬるい気がするもののそこへ浸かるのは相当覚悟がいるだろう。
 
向こうの湯は熱い。
 
そこで洗面器でつめたいほうの水を汲んで熱い湯船へと入れた。
 
そのときはまだそれが源泉であるかどうかは知らなかったので、水槽を汲んで湯を冷やしているつもりだった。
 
何とか肩まで浸かれた。
 
二の腕同志を擦ってみる。
 
私的には最高レベルの「ヌルヌル感」である。
濁り湯ではなく、ほぼ透明に見える。
 
誰もいないのに「あ~、いい湯だなあ」と、つい声に出してしまった。
 
山口県光市で大昔に通っていた寿楽荘の湯、あれがこれまでの日本一であったが、今は現代風の温泉スパ「バーデンハウス光」に変わっていて、それは存在しない。
 
当時の入浴料は350円で、内湯湯船の窓外の樹木に山鳩やモズが止まってさえずる自然観満点の湯だった。
 
この公衆浴場はそれに匹敵する。
鳥も樹木も見えないけれど、それに匹敵する湯質である。
 
両者ともに、「長湯できないくらい熱い」のも共通している。
寿楽荘の湯で小学生の娘二人に100を数えさせるのは火照った顔を見れば無理だとわかり、それでも30を数えさせたのは拷問だったかも知れない。
 
もし温湯(ぬるゆ)の浴槽がもう一つあったなら、文句なしに私はこの湯をコストパフォーマンス日本一に認めるであろう・・・。おしい。
 
私が湯から上がる頃、80歳を越えた痩せ気味のおじいさんが一人入ってきた。
地元の人らしい。
 
二言三言言葉を交わした。
これも田舎の公衆温泉の楽しいところである。
 
彼があの熱い湯船にどうやって入るのか、大変興味が湧いてきた。
見るともなく、そのなりゆきを気にしながら、私は帰り支度をしていた。
 
しばらくすると、喉を絞ってトイレでイキむような大きな声で、「アッツイーッ!」とおじいさんの叫び声が湯船の天井で反射した。
 
脱衣場の私の耳にまでその声は伝搬してきた。
私は一人でにやりと笑った。
 
「地元の人にも熱く感じたんだ。
そうすると、いつもは適温であって、今日だけ熱過ぎたのかも知れない。
冷やす手立てはほかにあるのではないか?」
 
バイクのナンバープレートから川崎からやってきた「よそ者」だと親父は初めに私を見抜いている。
 
郷に入っては郷に従え。
熱い湯もこの郷の決まりかも知れないと考え、私は自分の手で湯温を調整し我慢して入浴したのである。
 
しかし、状況は変じた。
 
地元のおじいさんの悲鳴がある。
 
私は着替えの途中であったが、急いで脱衣場を出て、親父の座るチェアーへ小走りに向かった。
 
チェアーと称するのがお似合いの椅子である。
親父は新聞をめくっていた。
 
「あのう、地元の人も湯が熱いと言っておられますよ。調整できないのでしょうか?」
 
親父は新聞をめくる手を止めて、首だけ持ち上げて私をぎょろりと見上げた。
 
「贅沢言うなっ!
 
あいつは地元言うても、1年に1~2回来るか来ないか程度のもんじゃ!」
 
親父の傍でおかみさんらしいおばさん?おばあさん?がテレビを見ていたが、こちらを振り返って私を見た。
 
何ら表情は変わっていない。
しかし、やがて頬が緩んで笑っているようにも感じられたが、笑いの意味まではわからない。
 
親父の顔を見ると、朝いちばんでどなった頃の顔のまま、贅沢を言うなと怒鳴る。
 
しかし、声と顔は怖いが、目を見ると少し笑っているような印象がこちらへ伝わって来た。
 
もう2度とこの熱すぎる湯に来るものかと感じていた私だが、親父の言葉が終わりそうな頃にはその印象が変化してきた。
 
そして、ついこう返事をした。
 
「いい湯でした。また来ますよ。」
 
親父の愛想の悪さと湯の熱さを差し引いても、その言葉は本当以上だった。
 
私的には日本一の湯に入るのである。
 
春が来たら、群馬の温泉経営者から聞いた山形の湯を確かめにいくつもりだ。
 
温泉経営するものがあそこにはいい湯が沢山あると昔を回想するような表情をしながら私に教えてくれた。
 
ここの湯を越える『熱くないいい湯』が山形にはあると思う。
 
これから雪深くなる山形の山間(やまあい)の露天風呂を想像しながら、山梨の、今のところ日本一の湯を去ることにした。
 
自宅までは5時間のツーリングである。
日帰りだから、1日のうち10時間をバイクの上で過ごす。
朝飯はコンビニのサンドイッチで済ます。
 
好きでなけりゃあ、できない仕業(しわざ)である。
寒い甲斐・信濃の山中で熱い温泉に浸かり、心身の傷を癒せた。
 
それは信玄公の時代から今まで変わっていない。
 
開山僧は中国黄檗宗の影響を受けた名僧であり、それを保護したのも信玄公であった。
 
その有難い湯に私は浸かれたのである。
そこで覚醒した。
 
確かに私は贅沢を言ったのである、と。
 

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