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2016年12月 5日 (月)

娘が嫁に行きました・・・。

桜ふぶきの おねえさまお別れおしんで 泣きました
 

Sh3b0509

SH3B0509 来年の桜の並木道を通る花嫁を想像しました。 
塩山(えんざん)向嶽寺(こうがくじ)境内にて。(山梨県塩山市(えんざんし)
塩山温泉に浸かる前に、東400mにあるお寺を今朝訪ねました。
 
「十五夜お月さま ひとりぼち
桜ふぶきの 花かげに
花嫁すがたの おねえさま
くるまにゆられて ゆきました
 
十五夜お月さま 見てたでしょう
桜ふぶきの おねえさま
お別れおしんで 泣きました
 
十五夜お月さま ひとりぼち
桜ふぶきの 花かげに
遠いお里の おねえさま
わたしはひとりに なりました」
 
これは、大村主計作詞、豊田義一作曲 童謡「花かげ」です。
味わい深いので3番まで掲載させていただきました。

Sh3b049870

SH3B0498 童謡「花かげ」の碑

Sh3b0502

SH3B0502 塩の備蓄は壁の中、「塩築地(しおついぢ)」
向獄寺は臨済禅、黄檗禅。富嶽(ふがく、富士山)に向かう場所にあることから名前がついたそうです。
 
「正面には中門と称される総門が行く手を遮ります。
室町時代の建造物で、向嶽寺は開創以来幾度もの火災に遭遇し、山内のほとんどの伽藍を消失していますが、この中門だけが残って、室町時代の禅宗様四脚門の代表的遺構として国の重要文化財の指定を受けています。
 
檜皮葺き(ひわだぶき)で彩色や装飾要素がなく切妻屋根の簡素な造りです。
また、この門の東西には漆喰(しっくい)製、瓦屋根の築地塀(ついじべい)が配されています。
由来によれば、この付近の岩塩から「にがり」をつくり、漆喰に混ぜて築地を強化したと伝えられ、「塩築地」とも称されています。
主要建物が南北一直線上に配置されている伽藍の配置上、見透かしを避けるために設けられたものと考えられ33.5mあります。」(「塩山 向嶽寺」より抜粋)
http://www.rinnou.net/cont_03/13kogaku/

Sh3b0529

SH3B0529 塩の入った白壁に光が反射している

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SH3B0530 こちらは普通の壁のように見える。白さがそれほどない。
 
「童謡「花かげ」は、桜吹雪の頃、このあたりを人力車に乗って嫁入りする姉の姿をうたったものです。
 
作詞者 大村主計は、山梨県牧丘町の出身であり、ゆかりのこの地に、昭和32年、郷土の文芸振興を目的として詩碑が建てられました。」(現地の説明板より抜粋)
 
「童謡「花かげ」の詩は、郷土の詩人大村主計が二十歳の時、一夜で書き上げたという。
それは彼が少年のころ、姉のはるえが嫁ぐ日、向獄寺境内の桜並木をとおって旧大藤村へ嫁入りする雄姿を涙ながらに見送った切ない想い出が脳裏に刻み込まれていたからだと言われている。
この詩は戦前から歌われていたが、戦後松田トシ、川田三姉妹が愛唱して全国的に知られるようになった。
 
昭和三十二年、この詩を顕彰して詩碑が建立され、その除幕式には、徳富蘇峰、サトウハチロー、堀内敬三等多数の文化人が参列した。
 
このおり、主計の詩友西条八十は、
 親しき友の石ふみの たつ塩山の秋の空
 流るる雲の石ふみに 草むす日など想いつつ
 
と、詩碑のたつ塩山の地名を織り込み、二人の友情の絆の強さを詠んだ。この友情に溢れ詩情に満ちた作品の所在は早くから知られていたが、この度その真筆が発見されたことを機会に塩山ロータリークラブ創立三十周年を記念して、ここに記念碑を建立する。
平成十四年四月十八日
        塩山ロータリークラブ
        協賛 塩山市」(現地の解説板より抜粋)
 
「桜ふぶきの おねえさまお別れおしんで 泣きました」
 
この下りはおそらくその母親も同じ心情であったことでしょうが、母親には巣立つ子への喜びや安堵の気持ちもほのかに感じられていたことでしょう。
 
そして、我が家の娘はマンションのエレベータ内で手を振りながら、階下へと消えていきました・・・。
 
皆様、大切な人とお別れするときは、ぜひ外玄関までお見送りを致しませう。
 
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(参考) 武田信玄、塩がないとなぜ困ったのですか?
(海のない甲斐は、塩を戦国時代の他国からの輸入に依存していました。)
 
「>塩を断たれた武田勢、
 >塩がないとなぜ困ったのですか?
 
「塩分」は「水分」同様に人間必要なものです。
そのため「今川家」から「塩」を断たれた「武田家」の領民が困りました。
 
>謙信はなぜ敵である武田勢に塩を送ったのですか?
 
贈ったのではなく「越後」の「塩商人」に規制をかけなかったのです。
規制した場合「越後」の「塩商人」が困ります。
それを「上杉氏」が望みませんでした。
 
また「今川氏」の「駿河」の「商人規制」も長続きしませんでした。」(「知恵袋」より)
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1133773556

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