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2016年9月13日 (火)

心外無法

メンタルな豆対策を前の記事で用いた。
 
「心外無法」(しんげむほう)という禅の心構えのことである。
思っていること意外は実相がないということだろう。
深夜のテント内で、がさっと物音がすると、精神は「怪しい獣かなにかがテントに近づいてきているのではないか?」とおびえるものだ。外を懐中電灯で照らしてみると大きな枯葉がテントに落ちてきただけのことだった。
「なーんだ」
 
しかし、酒でも飲んで酔っ払い、ぐうぐう寝入ってしまえば、少々の物音がしても精神(神経)は落ち着いている。
寝ている間は、すべてのことが心の外にあるから、実相を伴わないのでおびえもわかない。
本当の意味は深いのだろうが、そう解釈をした。
 
今までは、「まめが痛いから旅を中止しよう」と何度も考えてきたが、今回はそう考えないことにした。
 
豆のことを考えるから痛いのであって、私の心の内にあるのは、目標の宿場(今回はオオクテ)までちゃんと8日間で歩ききることだけである。
痛いとかかゆいとかいうものは、心の外にあるものだから、それが気になるはずがないし、気にならないもののために旅を中止する必要もないのだ。
 
こらえきれないくらいに痛いときに限って、「心外無法」(しんげむほう)と何度も声を出して自覚を促した。
効果があったかどうかはわからない。
少なくとも足の豆の痛さで旅を中断することは考えなくなった。
これから街道を挑戦する人々に参考になれば幸いである。
 
参考)「茶席の禅語」より抜粋。
http://zengo.sk46.com/data/shingemuho.html
『禅語字彙』には、「心境一如なる故に、心外には法無く、目に見ゆる青山も我心に外ならずと、一心と外境の不二なるをいふ」とある。【心外無法滿目青山】

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