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2016年9月 7日 (水)

紅葉の10月には行きたい温泉

Fukusimaonsen_2

http://www.hikyou.jp/search.php?baa3=21より引用

山形の秘境の湯を調べていると、下記サイトに遭遇しました。上の写真からも上質湯であることが感じられます。
 
滑川温泉 福島屋旅館
〒992-1303 山形県米沢市大字大沢15番地
TEL.0238-34-2250
http://www.namegawa-fukushimaya.com/index.html
 
このページの中に、かずかずのお詫びをしている欄「ごめんなさい」がありました。
その最後は道路事情についてでした。
一部を抜粋します。
 
「道は狭いです。
国道から抜けて、板谷の集落を超えると約8km山道です。
舗装はされており、山道を走りなれている方からするとどうということはない道ですが、山道に不慣れな方がほとんどだと思いますので、なんとひどい道だろうとびっくりされるかもしれません。
すれちがいが厳しい場所もありますので、そういう場所で対向車に出会ってしまった場合、無理にすれ違いはせずに、路肩の広い場所まで戻ったりと譲り合いながら運転して下さい。
最大でも20mバックすれば、路肩が広くなっている場所が見つかるはずです。
道が狭くて、ごめんなさい。

忘れ物の無いよう、ご注意下さい。ガス欠にはくれぐれもご注意ください。 ましてコンビニやガソリンスタンドは、車でしばらく走らなければたどり着きませんので、ちょっと近くに買い物というわけにはいきません。
 
周囲4kmに人家はありません。
 
当館は車でアクセスすることが出来るので、超ディープとまではいきませんが、その一歩手前くらいの秘湯ぶりです。
一口に秘湯と言っても、ちょっと田舎なくらいのところから、何時間も歩かないとたどり着けない超ディープなところまで様々です。周りには何もありません。」(抜粋終わり)
 
バイク野郎にはもってこいの温泉ですが、ガス欠だけは注意が必要でしょう。
そのほかはすべて私が探していたものがある湯のように思われました。
 
なんせ、上杉藩主が開湯の許を与えた旅館なのですから・・・。
 
「当温泉は文明8年(約530年前)、大沢の郷士斉藤盛房がこの付近の川を渡る際、岩石を滑り倒れ、その時手に温かい石を感じ温泉の湧出を発見しました。
 そこから「滑川」と称されるようになり宝歴13年(約250年前)、上杉藩主の許を得た当館笹木正直が開湯しました。」(同上より抜粋)
 
開湯の宝暦13年とは1763年のことで、この年に、
「「本居宣長、賀茂真淵に出会い、『古事記』研究に進むことを決意(松阪の一夜)。』(1763年-wikipediaより)」した年だそうです。
 
本居宣長は、伊勢国松坂で生まれ、そこで40年間も医者をやって長く居住していたのですが、死んだのも松阪でした。
 
「宣長は、(賀茂)真淵の勧めで、当時既に解読不能に陥っていた『古事記』を研究して解読に成功し、約35年を費やして『古事記』註釈の集大成である『古事記伝』を著した[5]。
『古事記伝』の成果は、当時の人々に衝撃的に受け入れられ、国学の源流を形成してゆくこととなった。
 
中略。
寛政10年(1797年)、69歳にして『古事記伝』を完成させた。起稿して34年後のことである。」(本居宣長-wikipediaより)
 
「松阪の一夜」(まつさかのいちや)(『尋常小学国語読本 巻十一』所収)より、最初で最後の子弟面会のシーンを抜粋します。
http://www.geocities.jp/sybrma/362matsusaka.jinjou.html
 
「二人はほの暗い行燈(あんどん)のもとで對坐した。眞淵はもう七十歳に近く、いろいろりつぱな著書もあつて、天下に聞えた老大家。
宣長はまだ三十歳餘り、温和なひとゝなりのうちに、どことなく才氣のひらめいてゐる篤(とく)學の壯年。年こそちがへ、二人は同じ學問の道をたどつてゐるのである。だんだん話してゐるうちに、眞淵は宣長の學識の尋常でないことをさとつて、非常にたのもしく思つた。
 
話が古事記のことに及ぶと、宣長は
「私はかねがね古事記を研究したいと思つてをります。それについて何か御注意下さることはございますまいか。」
 
「それはよいところに氣がつきました。私も實は我が國の古代精神を知りたいといふ希望から、古事記を研究しようとしたが、どうも古い言葉がよくわからないと十分なことは出來ない。
古い言葉を調べるのに一番よいのは萬葉集です。そこで先づ順序(じよ)として萬葉集の研究を始めたところが、何時の間にか年をとつてしまつて、古事記に手を延ばすことが出來なくなりました。
あなたはまだお若いから、しつかり努力なさつたら、きつと此の研究を大成することが出來ませう。たゞ注意しなければならないのは、順序正しく進むといふことです。これは學問の研究には特に必要ですから、先づ土臺を作つて、それから一歩一歩高く登り、最後の目的に達するやうになさい。」」(一部抜粋終わり)
 
このサイトに子弟の人物模写絵が挿入されていましたが、若くてイケメンのほうが宣長でした。
 
滑川温泉 福島屋旅館の湯船につかりつつ、この松阪での子弟面会シーンを思い起こしたいと思いました。

宣長は71歳の時に『地名字音転用例』を刊行したそうですが、享年71歳ですので、最後まで医者兼作家として現役続行していた模様です。
 
71歳まで作家活動をできるということか・・・。私でも・・・。

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