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井上薫を畳針で縫う

女髪結いが明治になって井上伯爵夫人の髪を結いながら、暗殺未遂に夫があったことを語っている。

明治百話(篠田鉱造著、岩波文庫)より抜粋する。

場所は山口県湯田温泉である。

あの晋作が刻文字を入れた楓の木がある松田屋旅館のある町である。
松田屋での志士の密会の帰りだったかも知れない。

攘夷派志士だった高杉晋作、井上聞多(後の薫)、伊藤博文は幕府に対抗するために開国を主張し始めた。

俗論党(佐幕派)からも尊王攘夷派からも命を狙われ始めた。

新作はおうの(うのさん)を連れて四国の大親分さんの屋敷へ雲隠れした。

井上は夜道で数人の武士から滅多斬りされて重傷を負った。

井上の妻から髪結が聞いた話を髪結の娘が昔話として語っている。
後年井上が還暦を迎え山口に帰ったときのことである。

「御自分が惨(むごたら)しく斬られた時、手当てをしてくれたお医者の在所(ありか)、既に七十余ヵ所の傷で、兄さんが首を斬って苦痛をトドメンとしたのを、阿母(おっか)さんがその手に縋(すが)って助けた。

その時のお医者がとうとう死んでしまって、その子息(むすこ)さんを探し出し、ソレに手厚い返礼(れい)をなさいましたとやら。

ソレから母達(女髪結いのこと)に、その斬られても場所を御見せになった上、いろいろのお話があって円朝などは感心して聴いていたそうです。(略)」

私の記憶では外科手術をしたのは所郁太郎という元美濃の武士である。

私が先に中山道を歩いたときに美濃付近の街道筋の公園に銅像があった。

長州で活躍した尊王志士で医者であると書いていた。

所は畳針でその七十余ヵ所を縫い合わせて井上を救った。

阿母(おっか)さんの願いを見事に聞いてあげたのである。

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