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妻恋とは~豊島氏史跡散歩(4)

Ts397391 7391 中野区の「妻恋御社」

「日本七社 冠稲荷神社 (1)」に妻恋稲荷が出ていた。
http://kanmuri.com/ka/jinjanituite/jinjyashi/03_1.htm

『冠稲荷神社に関する古社調査書(明治28年4月11日群馬県訓令乙第222号に基づく内務省訓令第3号)に左記のようなに記述がある。

 「最も古来、伏見、信田、王子、妻恋、豊川、田沼、当社を以て日本七社と称せり」

(1)「伏見」…伏見稲荷大社(京都市伏見区)
和銅4年(711年)に創建された古社で、稲荷信仰の総本社。

(2)「信田(しのだ)」…信田明神稲荷神社)(大阪府和泉市)
白鳳3年(674年)創建の聖神社内にある。
信田の森の白狐(びゃっこ)は有名である。

(3)「王子)」…王子稲荷神社(東京都北区岸町)
康平年中(1058~64年)、源頼義公が深く当社を信仰し関東稲荷総司とあがめ、江戸時代には将軍家祈願所と定められた。

(4)「妻恋」…妻恋稲荷神社(東京都文京区湯島)
天暦年中(947~56年)に発端する物語「幸若舞・信太(しのだ)」の小山太郎行重を縁起とする古社。

(5)「豊川」…豊川稲荷神社(愛知県豊川市)
15世紀中頃に創建された古社。
東京都港区赤坂見附にある豊川稲荷別院は大岡忠相(1677~1752年)が自邸内に豊川稲荷の神霊を勧請したもの。

(6)「田沼」…田沼稲荷神社(栃木県佐野市田沼町)
天慶5年(942年)藤原秀郷氏が関八州を管領の地に勧請。

(7)「細谷」…冠稲荷神社(群馬県太田市細谷町)
天治2年(1125年)源義国公により創建。
源義経公により、冠の中に奉じてきた伏見稲荷大社の神霊が勧請された。また、新田義貞公の信仰厚く鎌倉攻めの時、戦勝を祈願し兜(冠)の中に神霊の宿ることを祈った。この故事から「冠稲荷」と称する。』(抜粋終わり)

義経が兜の中に伏見稲荷大社の神霊を奉じていたそうだが、伏見稲荷は秦氏の氏神である。
すると、源氏も渡来ユダヤ人の末裔ということになるのだろうか。

源氏(ウィキペディア(Wikipedia))によれば、
『源氏は、「源」を氏・姓(本姓)とする一族である。
日本においては皇族が臣籍降下する際に名乗る氏の一つであった。
姓(カバネ)は朝臣。もっとも有名なものは、幕府を開いた将軍を輩出した清和源氏だが、家格が最も高いのは村上源氏であるとされる。流派はこのほか多数ある。』(抜粋終わり)

なるほど、と思われるところもあるようだ。

私が早稲田通りで見たのは「妻恋御社」であるが、ネットでは由来はわからなかった。
そこで、前記の7つの稲荷の一つである文京区湯島の妻恋神社の由来を見てみよう。
http://www.city.bunkyo.lg.jp/visitor_kanko_jisha_tsumakoi.html

『その昔、日本武尊の東征のとき、三浦半島から房総への途中で大暴風雨にあい、妃の弟橘姫が海に身を投じて海神の怒りを鎮めたという。途中湯島の地に滞在したので、郷民が尊の姫を慕う心をくんで、尊と姫を祀ったのがはじまりと伝えられる。』

橘姫が弟か妃の弟か、女かこの記述ではよくわからない。
日本武尊の妃(姫)?を祀ったもののようだ。

調べてみると「弟橘媛」(ウィキペディア(Wikipedia))という姫がいた。

『弟橘媛/乙橘媛(おとたちばなひめ)は、日本神話に登場するヤマトタケル(日本武尊)の后。弟橘比売命(おとたちばなひめのみこと)、大橘比売命(おおたちばなひめのみこと)、橘皇后(たちばなのおおきさき)『古事記』では弟橘姬とも言う。彼女の事跡は日本書紀の景行紀、および古事記の中巻、常陸国風土記に記されている。』(抜粋終わり)

弟橘姫(おとたちばなひめ)の入水の下りも紹介しておこう。

『走水(はしりみず)の海(浦賀水道)に至った時、尊の軽はずみな言動が海神の怒りを招く。海は荒れ狂い、先に進むことが不可能になった。海神の怒りを解くため、弟橘媛は海に身を投じる。すると波が穏やかになり、船を進めることが可能になった。彼女が持っていた櫛は、七日後、海岸に流れ着いた。

媛を忘れられない尊は、『日本書紀』によれば碓日嶺(現在の碓氷峠)、『古事記』によれば神奈川県の足柄の坂本(足柄山)において、「吾妻はや」(我が妻よ)と嘆いた。日本の東部を「あずま」と呼ぶのは、この故事にちなむという。』

東の国とは、吾妻(あずま)の国であったのだ。
だから稲荷も妻を恋うるのだ。

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